「二項関係も三項関係も初語も――一般の新生児とは比べ物にならないくらいのスピードで獲得して、綿が水を吸うように語彙を増やしていった。一歳のころには舌っ足らずで声帯もすげー未熟だったけど、色んなこと喋ってたよ。当時の映像、残ってるからわかるよ。夏目漱石の『夢十夜』第三夜に出てくる子供ってあんな感じだったんだろうな。
 普通の家の子供だったらさすがに気味悪がられただろうけど、俺は幸い裕福な家だったから、すぐに俺に適った教育の準備が進められた。字だってどんどん覚えていったから、本もとにかく読み漁った。頭だけじゃなくて体の成長だって順調だった。とは言っても頭と違って大人を超えるサイズにはならなかったけど」
「だから、亮くんはいろんなことを知ってるんだね」
 喜備の返事が得られて嬉しかったのか、亮は大きく頷いた。しかしすぐに、あまり面白くなさそうな表情で続けた。
「何でもあったさ、周りには。本も読めたし、遊び道具は沢山あったし、鳳城達は優しいし、――父さん達は、あんまり家にいなかったけど、それが仕方ないことだってわかってたから……寂しくなかった。ほんとだぜ? たまに帰ってきたらちゃんと遊んでくれたし、お土産もくれるし、兄ちゃんも姉ちゃんも年離れた弟だったから、でも変に頭はいいってことで、年に合わない遊びにはしゃいでたり、からかったり――
 だけど……友達は、いなかったんだ」
 亮は顔を深く落とすことで目を隠した。喜備も美羽も幹飛も、心を静かにして聞こえてくる声を聴いた。
「その前から俺は疑問に思ってた。何で俺はこんなに冴えてるんだ? って。
 いろんなことがわかる。すぐに理解できる。場の人間関係も理解できるし、空気が読める。的確な判断も出来る。だけどそれは不思議な能力でもなんでもないんだよな、予知とか超能力とかさ、そういう類じゃない。普通の人に備わってるそれが、ちょっと異常に発達が早くて優れていただけに過ぎないわけだ。
 普通なら俺も幼稚園児達と一緒にお遊戯にはしゃぎまくったり、いろんな絵本や紙芝居を保母さんに読んでもらってわくわくしながら聞いたり、昼寝したり、おやつ食ったり、絵を描いたり粘土を捏ねたり、そんなたりーことをしながら知識とか協調性や社会性を身につけていくべきじゃん? でも言ったとおり……そんなのはすっ飛ばしちゃったんだ。そんなわけで、幼稚園とか保育園は行かなかった。……行くより家で本とか読んでた方が面白かったし、俺より明らかに知能が下でムカつくガキ達と仲良しこよしするほど、割り切れてもいなかった。
 サッカーや野球みたいなスポーツは兄ちゃんとか使用人のみんなとやってた。けど……あいつらは友達ってわけじゃない気がする。……今だったら、友達って言えるかもしれないけど。まあ従兄弟は何人かいるけど、そいつらとも年が離れてた。
 とにかく俺には、この頭脳の所為で――ったらあれだけど、友達がいなかったんだ。それと、こう思ってる所為でもあった。


 俺が――、俺自身が、この世界にきたのが間違いだった、と思ってたから、だよ。


 こんな子供、自分で言うのも何だけど、そう簡単に見つからないからな。
 どこにも馴染めなくて、どこにも属せない気がしたんだ」
 ごくりと喜備は、息をのんだ。

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