先生を見送り、さてメシだメシだと居間に戻ってみると、いつも聞こえるテレビの音声が聞こえてこない。いやにしんとしている空間が逆に落ち着かない。
 見れば、美禰子が膝を抱えて黙っている。あの人形のような空っぽの美禰子かと恐れたけど、どうもそうではない。瞳に光はちゃんと宿っている。その隣にはストレイシープがこてん、と腹這いになって寄り添っていた。
「おい、どうしたんだよ」
「やっぱり、さ」
 返事すると言うより、突然語り出したような口振り。
「巻き込んじゃったの、迷惑だったよね」
 言って、膝に顔を埋める。何で急にこんな風に、と俺は肩を落としたが、すぐにぴんと閃いた。
 ついさっきの出来事だ。俺がここで、現実の否定だの何だの、ぎゃあぎゃあ言ってたから。
 笑ってもいいことなのか悪いことなのか。でも、今は笑い話で通した方がいい。
「ばーか」
「むにゃっ?」
 だから俺は笑って、美禰子の額をぴんっと弾いた。
「しょげてんなよ、見た目と全然合わねえ」
「み、見た目って」
 何よう、と額を押さえている美禰子に悄然としたところは微塵もない。でこぴんであまりにも容易く吹っ飛ばされたのだ。見た目通りだよ、と俺は笑って両掌を挙げた。
「子供みたいにぎゃあぎゃあ賑やかにしてりゃあいいの。だいたい初対面の時もっとずうずうしかったぜ。それが何。今更借りてきた猫みたいになって」
 おっかしーの、と笑うが、まさかこんな風に美禰子をからかうことが出来るなんて、正直昨日どころか数十分前は思ってもみなかった。子供ってえ! と案の定、コンプレックスを突かれた美禰子は勢いよく立ち上がる。
「もお! 三四郎だってまだコーコーセーじゃんっ!」
「ああそうそう。コーコーセーで、子供だけど」
 現実を受け入れる。いかにも、俺はまだ子供で甘ちゃんの坊っちゃんです。
 でも、もう一つ付け加えられる、立派な現実がある。

「でも、俺、魔法使いですから」

 僅かな間。きょとんとする美禰子だけど、すぐさまぷっ、と吹き出す。
「何、それ!」
 格好つけちゃって! と膝をばんばん叩く。ツボに入ったのだろうか。
「まだ魔法ぜんっぜんへなちょこなくせにーい!」
「そうじゃそうじゃ」
 吾輩が稽古をつけてやろうと今まで気配を消していた老猫はここぞとばかりに入り込んでくる。だから何で猫を先生にしなくちゃなんねーんだよ、でもワガハイに教えてもらうのって面白いかも! とやいのやいの言い合っていると、お互いの腹の音が聞こえてくる。示し合わせたように笑って、夕飯の準備だ。タイミングよく時計も鳴った。アンティークの趣豊かな時計は毎時と半に鳴るようになっている。
 こんな風に、美禰子には笑っていて欲しかった。
 こんな現実を、こんな今を、俺は大切にしよう。
 あるがままの現実を、見つめていこう。

  3
せんせいのまほう 5に続く

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