腕の付け根から指先へと、びりりと電流が流れていくような感覚と共に意識を取り戻した。現実に帰ってきた。浮遊していたさっきまでと違って、体自体鉛になってしまったかのように重かった。それでも手を少し上げて、皮膚を見る。青い閃光が何らかの文様を描いて走っていた。血管が光り輝いて見えていたと誇張してもいいくらい。
 強い重力に逆らうように体を起こした。周りは火の粉が植わっているみたく踊っている。体の下には奇妙な円形の図が広がっていた。多分魔法陣。それを見た途端、体の重さはそのままでも体のそこここに熱さが滾っていく。
「ぼろぼろ、だ」
 あちこち見ると、軽い火傷や掠り傷がついている。吹き飛ばされた時についたんだろう。頭は打ってないだろうかと思って触ってみるけど、たんこぶも何もついていないようだ。量の多い髪が守ってくれた? まさか。
「風呂、入ったばっかなのに」
 苦笑すると三四郎! と叫ぶ声が聞こえた。美禰子だ。振り向くけど呼び声はそれだけで、モンスターと化したストレイシープとまだ戦っている。状況はちょっと厳しそう。あの二人の命はまだ大丈夫だろうか。大丈夫でいてくれ。
「三四郎! 坊っちゃんを、おね、がいっ!」
 言われなくとも。頷いて立ち上がった。
「さて、と」
 まだ視界が霞んでいたからぎゅっと目を擦る。俺は何とか戻ってこれたけど、坊っちゃんはまだだ。じゃあまだ燃えているのかと言うと、そうではない。黒い触手に縛り付けられていた。あちこちの炎に照らされて、眠りに沈む坊っちゃんはまるで血塗られたように見える。
「何が坊っちゃんだよ」
 一言口にして一歩踏み出す。
「子供みたいな名前しやがって」
 普段ならただのからかいで俺も坊っちゃんも笑うだろう。
「子供なのはこっちなんだよ」
 その普段を取り戻すために、一歩二歩と先へ進む。まだ距離はある。
「まだ迷子だよ、俺は」
 言葉は坊っちゃんではなく、自分自身にも向かい始めた。
「ずっと迷ってる。魔法のことも、美禰子のことも」
 迷子を、fの世界では何て言うか、三四郎知ってる?
 いつか聞いた、美禰子の声。
「ストレイシープそのものだ」
 ストレイシープの意味を教えてもらった時の美禰子の横顔がさっとリフレインする。そうだ。思えばあの日初めて坊っちゃんに出逢ったんだ。だから、と一層強く彼を見つめた。
「ほっとかれて勝手にどっか行かれちゃ、困るんだよ」
 なあ、と呼び掛けに応えるように俺の体はますます熱くなる。
 あの時まだ、坊っちゃんなんて呼んでなかった。
 俺はあの人のことをどう呼んでいた?
 本当はずっとこう呼ぶのが、いいような気がする。
 だって。

「先生!」

 生徒の俺にとってはあくまで、教師なんだから。

 その呼びかけは格好の呪文となった。放たれる。突き出した掌から、俺の背後の空間から、天から、はたまた地中から。そう言えばここは川沿いだった。きっと地形も後押ししてくれた。
 夜闇に青く輝く清らかな、けれど雄々しい水の激流は、一瞬の隙も見せないまま一直線に坊っちゃんに降りかかっていった。

  3
せんせいのまほう 13につづく

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