(もしかして……)
 ミツ君は、超ド級のお坊ちゃまなのかもしれない。
 焼きそばを噛みしめる彼の横顔を見つめて思った。家来というのは執事やSPみたいなもの。あるいは教育係かもしれない。彼はとにかく、家――多分お城みたいな巨大なお屋敷、そう「世界」と称する程――から出たこともない程の世間知らずで、通貨は勿論、庶民の食べ物である綿あめ等を知らなかった。また甘やかされて育ったため偉そうな口調で、プライドが高い。そう考えれば今までの彼の振る舞いはそこまで不思議ではないかも、と思い至る。
「みー、これは志摩子にも食べさせてやりたいのう」
「あ、食べたらまた、志摩子さん、探そうね」
「勿論じゃ!」
 食べ終わり、とにかく色々歩き回りながら、私はまだ見ぬ志摩子さんを追い求めることにした。道中、ミツ君は志摩子さんを語る。
「志摩子はな、もともとはわしの家来の左近の娘だったんじゃ。血は繋がっておらんから、養女ということになるな。でも、左近が死んでしまって……よせばいいのに、女の身でありながら左近の跡と名を継いで、わしに仕えるようになったんじゃ」
「すごい……かっこいい人だね」
「うむ! それに女じゃが、その戦いっぷりまっことに見事で、巴御前の再来とみなの士気を高めておるんじゃよ。戦だけじゃない、軍略も部下への労わりも何もかも左近そっくり……あるいは左近以上じゃ。まあ、わしに色々小うるさい所も、父親そっくりなのじゃがな」
 ミツ君はばつの悪い顔を浮かべている。
「そうなの」
 戦だとか軍略だとか巴御前だとか、何だか時代劇は時代劇でも一気に時代が下っていく。やっぱりただのお坊ちゃまじゃないのかな――彼が口にする「世界」という謎の仕切りも気になり、仮説は段々崩れていく。
 なんだか、物語の世界から抜け出してきたみたい……なんて、前に鳴滝君に話したようなことが現実に起こるわけ、ないけれど。
「み、ものすごーく優しい時もあるが、厳しい時もある。何じゃな、姉のようで、母のようで、よくわからんが、一つだけ言えるのは――」
「言えるのは?」
「ものすごく、美人じゃ!」
 高らかに彼は宣言した。
「美人じゃ! 美人なのじゃ!」
「そんな、三回言わなくても……」
 大事なことなのじゃーと私の手をぶんぶん振った。合わせて私の三つ編みが揺れる。
「わ、わかったよ、美人さんなんだね。えっと……じゃあ、他に何か特徴はある……?」
「特徴? 背が、そうじゃのー、六尺くらいはあるんじゃないのかの。女であの高さだ。ほんに、男に生まれなかったのが不幸じゃて。でも女でよいのだ、美人じゃからの」
「ふふ、そればっかり、だね」
 わしの自慢なのじゃ、と彼は満足げに返した。それから髪が長いこと、すその長いスカートを履いていること、襟が大きめのセーラー服、竹刀袋を持っているなど、大分特徴が掴めてきた。六尺、どのくらいだっけ。でも女の人で高身長な人ってなかなかいないから、いやでも目立ちそうなんだけど……。
 いつの間にか、正面玄関近くまで差し掛かった。どこか別の校舎にいるのかな、と思うけど、何棟もある校舎を探していたら、それこそ文化祭が、私に残された最後の日が終わってしまう。
(……あ、そう、だった……)
 ミツ君と出会ってから彼にかかりきりだったけど、本当は、私――。
 鳴滝君に、逢いたいんだった。
「? 何じゃ、前の方が騒がしいぞ、美佐」
「え……?」
 本当だ。人だかりが出来ていてカメラのフラッシュがしきりに焚かれ、きゃあきゃあわあわあ、何を言っているのか聞き取れないが騒がしい。それは文化祭に漂う一定の騒がしさではなく、局所的に起こったものに付随する、野次馬に似たやかましさだった。
その内、保健委員会が作る救護班と総務の人が何人か、執行部の人も来た。救護班が来るなんて、喧嘩でもあったのかな……と思い、私は繋がれたミツ君の手をぎゅっと強く握った。巻き込まれては危ない。
 やがて人込みは散り散りになり、前の方が見渡せるようになって私は、あっと叫びそうになった。あまりの事態に、胸が詰まる程の動悸がした。
 鳴滝君が、いる。
 嘘。何で。鳴滝君、喧嘩に巻き込まれた? 大丈夫、彼は無事みたいだ。ううん、そうじゃない。
 逢えないと思っていた、彼と逢えた。巡り逢えた――。
 何か、何か、言わないと。近づかないと。この機会を、私は逃せない。
 だけど私が何か言う前に、口を開く前に、小さな「彼」が、飛び出していった。


「志摩子、しまこ――っ!」


 ようやく巡り逢えた、「彼女」の名を叫びながら。

  3
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