まず迷子センターに行けば何か情報があるんじゃないか、もしかしたら志摩子さんがここに訪れているかもしれないと思って行ってみた。けれど、迷子達の喧噪はここが本当に高校かと思える程騒がしく、落ち着いた大人の姿など一人も見つからない。私はそのことを残念に思う一方で、始まって間もないのに、よくこれだけ迷う子がいるものだなあと変に驚いた。
 ここでしばらく待ってみよう、と言う前にミツ君はぷいっと私に背を向けてどこかへ去っていこうとする。
「ミツ君……?」
「……美佐! わしをあんまり子供扱いしておると、後で痛い目を見るぞ!」
 こちらを見ずに彼は怒鳴った。動く髪の毛は角のように立っていて、威嚇している。本気で怒っているようで私は思わず、身を竦める。ごめんなさいと小さく呟いたが、往来の喧噪の所為でかき消されてしまう。どうしようもなくただ俯いていたけれど、やがてみい、と彼の困った鳴き声がする。
「その……すまなかった。そんなに落ち込むとは思わなかったのだ、すまない……。みい……志摩子なら、志摩子ならこういう時どうするのじゃろう……みみみ」
 ふさふさの頭を掻き毟るように髪をいじりながら彼は唸っていた。本気で悩んでいるみたく見える。私はその姿を見て若干の呆れがありつつも安堵した。
「こっちこそ、ごめんなさい。ミツ君のこと、あの子達みたいに思ってたわけじゃないんだよ……ごめんね」
「と、当然じゃ。わしはあんな小便鼻水垂れの乳臭い餓鬼共と同類ではないのだ! 今はこんな姿をしておるが、このわしを誰と心得るっ、天下のごぶ……」
 そこでミツ君は不自然に言葉を切り、うう、とかああ、とか苦しそうに捻り出し、そしてやっぱりみいと唸った。困ったように私を見上げてくるので、その困惑を解いてあげられれば、と微笑んだのだけど、出来たのだろうか。
はたして、ふ、と彼は安心したように笑った。髪の毛もぴょこんと動いた。
「さあさあ、綿あめ愛好会の特製綿あめ、出来立てほやほやだよー!」
「早い者勝ちー、今なら二本で一本の値段でーす!」
 とにかく歩いて、志摩子さんを探そうとした時に、私達の後ろからそんな宣伝文句が飛んでくる。振り返るとその、綿あめ愛好会らしき人々が着ぐるみの仮装をして綿あめを配っていた。
他にも後ろから、縁日研究会特製のベビーカステラ販売開始しました、たこ焼き友の会の、研究に研究を重ねた究極のたこ焼きが! と、様々に飛び交った。まさに文化祭が一変して縁日状態になってしまっている。それに引き寄せられてどっと人だかりが出来、試食したり模擬店へ出かけたり、喧噪は更に濃くなっていった。
 見ると、ミツ君の髪はぴょこぴょこ激しく動いている。当のミツ君の表情はあくまでも涼しげなんだけど――もしかして。
「ミツ君、綿あめ食べたいの?」
「みっ!」
 びょんっと髪の毛は興奮した猫の毛のように逆立った。面白い。
「そ、その――えと――みみ……」
 私は何も言わず試食用のを二つ受け取った。そしてはい、とミツ君に差し出す。
「こ……これが、わた、わたあめ、というものか?」
 彼はこわごわと受け取っていた。そして上から、下から、斜めから、様々に綿あめを眺め、しかし食べ方がわからないのか、とにかくじいっと睨めっこしている。
「食べないの?」
「う……」
「甘くて美味しいよ?」
「む……」
 恐る恐る口を小さく開き、口付けするようにそっと触れ、舐めた。
「みい! あま……」
「もっと、大胆に食べてもいいんじゃないかな……」
 そう言うと恥ずかしがりながらも口を大きく開き、決死の覚悟でもしたようにかぶりついた。口に入れた後しばらくミツ君はじっとしている。もしかしたら口に合わなかったのかなあと冷や汗をかいたけれど、びょこんびょこんと獣耳が動いた。
「これは! 美味じゃの! あっまーいのじゃ!」
 はぐはぐはぐ、とあっという間に綿あめは割りばし一本になってしまう。その速さに私も呆れて、食べかけだけど、あげようか? と差し出したらいいのか? と目をらんらんと輝かせて返事も聞かず受け取ってむしゃぶりついたのだった。
「美味かったのじゃ、こんな菓子、初めて食べたぞ」
「え? 見たこと無いの……?」
「うむ、「わしの世界」にこんなものは無かったからの。……み、あれは何じゃ? あれも美味いのかの!」
 今度やってくる宣伝は焼きそばとお好み焼きの同好会みたいだ。ミツ君は走り出す。そのまま販売も行っていて、あちこちで美味しい、旨い、と賛美する声がした。勿論漂うのは美味しいソースの香りで、少しお腹が鳴ってしまい隠しても無駄なのにお腹に手をあてたりしていた。
 ミツ君を見失っては元も子もないのですぐ追いつくと、お金がないのか、ただ羨ましそうに焼きそばを食べる人達をしょんぼり眺めているだけだった。そっと彼の手を取って、何も言わず私は販売しているところに行く。二人分お金を出してはい、とプラスチックの容器を彼の目の前で開けた。ぱあっと、ミツ君の頬が赤く色づいた。
「みいいっ! 美佐っ、かたじけないのじゃっ! さっそくいただくのじゃ!」
「どうぞ、召し上がれ」
 昼休みによく生徒で賑わう二階の広いスペースは、文化祭になるといつも以上にごった返している。運よく空いている椅子を見つけたので、そこで食べる。
「美味いのじゃー、こんなものが食べられるとは、「こちら」に来てよかったのじゃ!」
 彼の口を出るのは賛美の言葉ばかり。同好会のサクラでもここまであからさまに褒めないんじゃないかな、私は少し苦笑していた。
「最初はどうなることかと思うたが……ところで、その銅貨や銀貨は「こちら」の通貨か?」
「え? うん、そうだよ。十円玉とか、見たことないかな?」
「えん……?」
 首を傾げる。もしかして、お金を知らないのだろうか。綿あめも焼きそばもお好み焼きも知らないみたいだから、あり得なくない話だけど……。
 ついでに私はさっきから彼の言う、「こちらの世界」と「あっち」「元の世界」「わしの世界」の関係も気になった。時代がかった口調、家来という存在。

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