「総務です! どうしました!」
「ストリートファイト同好会がっ……」
「公開試合やってたら、幹部同士が、ひどい喧嘩し始めて!」
 なんだその同好会は、と思わず鼻白んだが目の前に飛ばされてきた男子の姿を見て絶句する。ピアスをいくつも付けて、髪も明るい不良風の男子だが、顔はぼこぼこに殴られていて所々青あざが出来てしまっている。口からは軽く血が出ていた。気絶しているのか何も喋ろうともしないし身動きもしなかった。また再び数名が飛んできたが、みな惨憺たる様子で、俺は竦み上がった。
 前方にいるのは、いかにも喧嘩慣れをした男達数名だった。一つ間違えればヤクザの一味と見れる程の威圧感がむくむくと巻き起こり、とぐろを巻いている。周りの人々は恐怖に竦み上がっていて、だがその恐怖が影を地に縫いつけ、動けないでいるようだった。純粋に観戦していた人も、通りかかった人もいるだろうに……。
「何だ? お前」
 男の一人がガムを噛みながら俺をねめつけた。総務じゃねえかよ、と粗暴な声が飛ぶ。
「もしかして俺らの「試合」にケチ付けにきたのかよ。ああ?」
「ってかさー、俺ら正門から入れなかったんだけど? ありえなくね?」
 見るからに生徒指導の対象になる不良生徒は、残念ながらこの文化祭を楽しむことが出来ないルールだった。一般人もたくさん訪れるこの祭で、警察沙汰を起こされては困るのだ。正門以外の入口も厳しく取り締まっているのだが、いかんせん清山は広すぎる。抜け道はいくつも存在しているのだ。
「俺達ここの生徒なんスけどーっ」
「おうよ、授業出てるんだぜ。おお?」
「差別はんたーい」
「あ、いいこと考えたー。もうボコる奴いねえしー、こいつボコって総務とか生徒指導脅せばいんじゃね?」
 いいねいいねェ、と下卑ただみ声の哄笑が空耳のように響いた。空耳だったらどんなに良かっただろうか。踊るように男が前に進み出てきて俺に軽くジャブを放った。思わずひいっと情けない声を出し後ろによろけそのまま尻餅をついた。だっせえ、とまた乱暴な笑い声が起こる。それを見ていた後の方は一瞬ざわつく。情けなさもあったが、このまま俺はどうなるのかとただ怯え、誰か早く他の総務を――とも願った。
 俺にあんな殺人じみた喧嘩が出来るわけがないし、護衛術もない。それは勿論、他の総務にも、執行部にも、先生達にもあるかないか――こうなったら警察しか――。
「おらよお、立てってば」
「はは、やっさしぃのおめェ!」
 腕を掴まれる! そのまま背負い投げを喰らわされるかもしれない――! 目を瞑る。
 しかし、俺の腕は誰に掴まれることもなかった。


「よければお相手、つかまつろう」


 頭上から降り注ぐ、凛とした声は、誰のものでもない。
 さっきまで話していた人の美声だ。
「志摩子、さん……?」
「ああ? なんだこのでけー女?」
「うわ、だっせー制服。なんだよあのなっげぇスカート」
 早く、と小声で指示する。俺はほうぼうの体で人だかり最前線まで逃げた。志摩子さんはそれを見て左腕に抱えていた竹刀袋をぽんと投げた。持てということだろう。竹刀袋は大きな音を立てて、廊下に落ちた。
「さすがに小坊主達の小競り合い程度に、剣を用いるまでもないでしょう」
 彼女は歌うように言う。恐る恐る竹刀袋を持ってみた。再び絶句する。
 重い。俺の想像していた何倍か、かなり重い。てっきり竹刀か木刀が入っているものだとばかり思っていたけど、まさか俺の握るこれは、もしかしなくとも真剣じゃ……。
「と言っても、さすがに素手では心もとないですね……」
 志摩子さんは床に転がっていたパンフレットか何かを見つけるとこれ幸いという風にくるくる巻いて筒状にした。ゴキブリ退治でも行うような気楽な武器である。
「はあ? なめてんじゃねえのお前」
「ばっかじゃね? つか超ウケるんですけど」
「さて、笑っていられるのも、今のうちかもしれんぞ、小僧」
 その凛とした目で志摩子さんは不良達を見据えた。それだけであいつらを十分煽っているように見える。
「命のあるうちに、辞世の句でも考えておくことだな。
 ――あんな殿でも私の主君だ。実際のところ彼がいなくて、私はやや退屈していた。さて、少しは私を楽しませてくれるんだろうな、おぬしら」
 志摩子さんは、あの優しい聖母のような口調はどこへやら、一気に相手を挑発する言葉を投げていく。まるで言葉を以て不良達を空気に磔ていくようだ。悪を成敗するヒーローのようで、聞いていて心地よい。
「ああ? わけわかんねーこと言ってんじゃねえぞ」
「犯すぞこらあ!」
「はははっ、これはこれは。
 犯せるものなら犯してみよ。――この左近の純潔、殿にすら捧げたことはない、高くつくぞ?
 ……と言ってみても、おぬしらのような小物で満足できるとも思えぬがな」
 涼しい流し目が、相手のボルテージを最高まで高めた。
「このアマア!」
 一人が志摩子さんに、飛びついていった――。


  3
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