何だか託児所や保育園のような喧噪だった。というか、始まってものの一時間程度しか経っていないというのに、よくこれだけ迷子が発生するものだと逆に感心した。びええと泣いている子供もいれば、落ち着いて絵本を読んだり人形を抱いていたりする子、中には迷子になったことなんて素知らぬ顔で携帯ゲームをしている子もいて、そういう子を見ると妙に興ざめする。もうちょっと親御さん達を想ってやれ。
「どうですか? いますか、そのミツって子は」
「いいえ……。むしろ殿は、こんな子供達と同室でいるのが我慢ならない方でしょうから、一目見て踵を返すに決まっています」
 殿ねえ、と内心訝しむ。……こんな気分になったのは今日で何度目だろう。今時手紙やコントでしか使わない呼称だが、彼女が言うと実にしっくり馴染んでいる。それもまた不思議だった。
「申し訳ございません。せっかく案内して戴いたというのに」
「いいえ、別に気にしなくても」
 今度は別の案内所に行ってみることにした。道中、彼女はこう話す。
「おミツ様は、珍しい程に、やけに正義感の強いお方です。その上潔癖症で、唯我独尊の気もあるお方なので――ああいう、子供達がやかましいところに大人しく居座っている性分でもないでしょう、と私は思います」
「そうなんですか」
「ええ。でも、ご安心ください。そういう人ですが、仕事は十分過ぎる程お出来になる頭脳をお持ちですよ」
「はあ」
 そういう性格だと、仕事するのもなかなか大変だろうなあと思う。特に、協調性がないようだから、周りとトラブルをしょっちゅう引き起こしていそうだ。
「ただ、繰り返すようですが、頑固で、とびきりに純粋すぎるところもあって、容易に私の意見を理解してもらえない時もあるのですが――」
 彼女の横顔をツと見る。
「なかなか、憎めないんですよ……まったく」
 さっきと同じような、困っていて、それでいて全く嫌そうではない笑顔が光っている。幸せそう、だった。
「弟さんや、甥っ子みたいなものですか」
「そんなところです。……たまに、手のかかる息子のようにも思えますね」
 そしていくつか案内所を転々としたが、ミツ少年についての情報は全く得られず、途方に暮れて最初に出会った場所に戻ってきてしまう。正午が刻々と迫っている。混雑はますます勢いを増していた。
「もしかしたら、別の校舎にいるのかも……」
「ここ以外にも、建物が?」
「あ、はい。何棟もあって――」
 志摩子さんはふむとちょっと思案顔になり、「まるで堅牢な城のようですね」と呟いた。それから何を思っているのか、表情から判断しがたいが、彼女は周りを見回してから俺の方を向いて、微笑んだ。
「長い間、案内していただいて申し訳ない。感謝いたします。
これからは、私独りで殿を探します」
「いえ、そんな、清山ってすごく迷いやすいし、俺がいた方が――」
「鳴滝殿はどなたかと、この祭を楽しむ予定があったのでございましょう?」
 音宮さんの後姿が、胸中にさっと去来した。確かに、彼女と逢いたかった。いろいろ回っている内に彼女に出逢えればと思ったがしかし、ミツ少年にすら出逢えていない。再び絶望を味わわされ、志摩子さんの前でふうと肩を落としてしまう。
「……気を悪くされましたか。申し訳ございません」
「い、いいえいいえ! こっちの都合です。その、もしかしたら俺も、探している人と会えるかもしれないし、やっぱり付き合いますよ」
 希望の芽はそれでも萎えることはなかった。だが志摩子さんは頭を振る。
「――時が来れば、おそらく私も殿も、「元の世界」に戻れるでしょうし、「こちらの世界」に、あまり迷惑はかけられません」
 まただ。元の世界だとかこちらの世界だとか何とか。怪訝を通り越して何だか軽く怒りに変わってきそうで恐ろしい。
 例えば、志摩子さんもそのミツとかいう奴も全くのでっち上げの人物だとしたらどうだろう。そう、何の関係もない人物を巻き込んで演劇を行う同好会が、もしかしたらあるかもしれない。こういう賑やかな祭だからこそ許される――いや許されるべきではない。完璧に人の迷惑じゃないか。
 ちら、と志摩子さんを見る。柳眉を垂らし、申し訳なさそうに俯いている。この人がそんな馬鹿なことをしているとはとても思えない。だが……。
「誰かぁっ! 早く総務か執行部呼んで!」
 そう、こういう風に、深刻な問題が起こった場合のように総務委員か生徒会執行部を連れて来て――って、何だ?
「何やら……騒がしいですね」
 よく見ると前方に人だかりが出来ている。誰か倒れた人がいるのか、と思い俺は走った。だが――そうするべきではなかった。俺が純朴な清山の一生徒であったならば。しかし、総務委員のはしくれとしては、そうしなければならない義務があった。

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