母にも父にも行ってきなさいと言われたこともあって、絵本読み聞かせの会に僕は出席した。メンバーの人とはおよそ二ヶ月ぶりくらいに顔を合わせたので、久しぶりと何度も声を交わし合う。静ちゃんの容態については当然訊かれたのだけど、僕の様子を見て何かを察していたのか、突っ込んだことは訊かれなかった。
 小児科の団欒スペースで、入院している小児科の子供達が集う。入院していない普通の子供達も、ビラを見たお母さん達が連れてきているようだ。ちょっとした保育園か小学校と言ったところ。大人びた子もいれば、まだ赤ちゃんのような子もいる。
 年上の子と年下の子に、否応なく自分自身と静ちゃんを重ねてしまう。
 穏やかな気持ちで朗読を聴く一方で、あの雨の日のことを思い出す。あの日だってこうやって僕が朗読していたのだし。そしてまた自分を追い詰めてしまう。変なことを考えないようにすればするほど自己嫌悪の深みに嵌っていくのだ。

 慟哭し、死の魅惑に引き寄せられそうになった時に見た静ちゃんの幻と雨の日の静ちゃんが重なる。静ちゃんはじっと僕を見つめる。何も言わずに。
 今の彼女が眠り続けながら何かを問うてくるように。

 そんなだったから、朗読には結局集中出来なかった。本当に、面倒くさい奴だ。自己嫌悪が過ぎて気持ち悪くなる。何とか堪え、当たり障りのないコメントだけサークル長に伝えながら、僕は静ちゃんの病室に向かおうとした。でも久しぶりの朗読はそれなりに僕に影響を及ぼしたようで、病室に向かう足が別の方向を向いた。病院を出て、僕は近くの市立図書館に向かった。
 児童書の一角に赴き、並ぶ絵本をぼんやり見つめた。
 そして手に取ったのは、「眠り姫」の絵本だった。
 我ながら、さすがにベタ過ぎると思った。笑えない冗談、とどこかうんざりしながらもそのまま静ちゃんの病室に向かう。おばさんや母、姉達は来ていない。仕方のないこととは言え、彼女を独りにしていたことにまた一つ嫌悪を重ねながら、僕はいつもの椅子に腰かける。そして、とぼとぼとした調子でその「眠り姫」を読む。
 どんなにゆっくりした調子でも、進めていけばやがてクライマックスに辿り着く。百年の時を経て、ある王子が茨の城へ向かう。美しい眠り姫を一目見る為に。城もまた、王子の訪れに合わせるかのように永遠の眠りから覚めようとしていた。鎧のようだった茨が、次々と無くなっていく。
 そして王子は、眠れる姫と出逢う。
「姫があんまり綺麗なので、王子は目を逸らすことが出来ませんでした。
 王子は身を屈めて、姫にキスをしました」
 誰もが知っているくだり。僕にはキスと言う単語すら、本当は恥ずかしい。静ちゃんなら、その思春期らしい気恥かしさを察してからかってくれるだろうか。
「王子と眠り姫の結婚式が世にも華やかに行われました。
 そしてふたりは、一生幸せに暮らしました」
 終わりまで読んで、顔を上げる。
 当然ながら静ちゃんは無反応だ。当たり前だ。昏睡なのだし。
 呪いとか魔法の方が実際の病気や事故よりよっぽど解決方法が楽だなあ。本を机にして頬杖を突きながらそんなことを思う。白雪姫にしたってそうだけど、王子様のキスさえあればどんなに長い間眠っていても解決してしまうのだから。しかも体に損傷はない。ついでに言えば年もとらない。まあ白雪姫は魔法じゃなくて実際に毒で死んでいたのだからどうなるかなんてわからないけど。そこまで思って改めて静ちゃんを見た。

 僕がここでキスしようとすれば、びっくりして目覚めるかもしれない。

 考えて数秒もしないうちに馬鹿か、とびっくりするくらい低い声で呟いた。スリッパで叩くような軽いツッコミじゃない。重量のある鈍器で頭をぶん殴られて脳みそを辺りに撒き散らす勢いの一人ツッコミ。自傷行為にも等しいかもしれない。作りだしたのは僕だけど、重い沈黙に耐えられなくなって僕は病室を出た。静ちゃんを何度も何度も振り返りながら。

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