全てが、他人事のように目の前を滑っていく。いつの間にかテストは終わっていたし、夏休みに入ろうとしていたし、終業式も終わっていた。僕はそれを何の感想もなくこなしていた。日差しが強まるに連れて蝉の合唱が一段と音量を上げていく。陽炎が揺らめいていく。今年も去年と変わらず猛暑になるようだ。節電節電とあちこちで叫ばれていた。でも僕にはどうでもいいことだった。目の前の全てを受け流した。僕を取り巻く全てのものが意味がなかった。ただ静ちゃんだけに意味があった。静ちゃんと過ごす無言の時間にだけ意味が。けれども、そこにも大した重みがなかった。僕だけが、無意味に生きているようだった。
 夏休みに入った次の日、ポストを何の気なしに覗くと一枚の葉書が入っていた。僕宛。僕の所属するボランティアサークルからの便りだった。
 このサークルは、下は小学生、上はお年寄りまでの老若男女が集う、絵本朗読を主とした活動団体だ。幼稚園や保育園、児童館に図書館、児童養護施設や病院の小児科の子供達に絵本や紙芝居を読む活動を年に十数回行っている。朗読の練習会等も含めると、活動回数はもっと多い。
 僕は小学校五年生の頃から参加し始めた。静ちゃんが中学生になった頃だ。昔から絵本を読むのは勿論、小説を読むのも好きな僕にはいいサークルだと思ったのだ。友達も出来そうだし、実際出来ている。今年も何回か活動に参加した。特に今年は震災があったから、五月くらいに大人のメンバーが中心となって東北に赴いての活動も行ったのだ。
 でも静ちゃんの事故があってから、僕は事情を説明して活動を休ませてもらっている。暑中見舞いの葉書だろうかと文面を見た。西瓜の絵が描いてある。サークル長の字だ。随分見ていなかったので、さすがに懐かしかった。
『暑い日が続いております。琴路君、お元気ですか』
 自然と頭の中で声も再生される。静ちゃんの病状を気遣う言葉と僕自身の状態を気遣う文章に、不意に泣きそうになる。
 堪えて読み進めると、最後にお知らせがあった。次の朗読会は、静ちゃんの入院している大学病院の小児科で開かれると言う。そういう気分ではないかもしれませんが、息抜きにどうですかと書かれていた。
「行ってきなさいよ」
 後ろから覗きこんでいたのであろう。二番目の姉が突然背後から声をかけるものだからうわあと声を上げた。そんな声上げるだけの元気はあるんだねー、と白い歯を見せて笑った。
「あんたちょっと疲れ過ぎなのよ。思春期だからって」
 どういう理由なんだろう。顔に出ていたのかうりうりと姉は頭を撫でまわしてくる。少しだけ静ちゃんぽいところがあるこの下の姉は大学に行くのだろう。大学生の七月はテストとレポートに追われる月だと言うことは、二人の姉を見ていて学んだことだ。見る限り姉は余裕綽々の様子。よろしいことだ。テスト終わったら静ちゃんところ寄るね、と、そう言えば昨日話していたっけ。
 しばらく話していると上の姉も玄関から出てきて朝から元気ねー、と眼鏡を外してあくびした。こっちの姉はレポート制作に徹夜していたのかもしれない。
 その上の姉も行ってくればいいじゃない、と微笑んだ。
「琴路が元気ないと、静ちゃんがうるさいよ」
 僕に元気がないと言うことを、家族はこの通りわかっている。そして多分、その元気は静ちゃんが源であると言うこともわかっている。だから今の状態が仕方ないと言うこともわかっているはずだ。

 それでも元気でいて欲しいと思うのは家族だからだろう。
 誰かが心配している。僕は決して静ちゃんだけの世界で生きているわけではないのだ。

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