「まさか、本当に火をつけるの?」
「うん」
「もったいないよ」
「いいのいいの、たくさんあるから」
笑顔で私の言を流して、今度は部屋を閉め切ろうと、彼はまず障子を閉めた。窓のない部屋だからか、暑い分薄暗い。そして暗幕らしきものをずるずると持って来て、部屋にかけていく。
何気なく見つめていたが、これは少々やり過ぎなのでは? と思った時にはもう暗すぎて唖然とした。
ぼう、と何かが光り、ひえ、と小さく悲鳴を上げれば、翔ちゃんの顔がぼんやり暗がりの中現れる。マッチ棒の先が燃えていて、火は翔ちゃんによって百の蝋燭に伝播していった。
「ちょっと翔ちゃん! いくらなんでもここまでする必要ないよ!」
「もう点けちゃった。……ごめんね、暑くて」
おどけ半分と申し訳なさ半分の顔。微かに笑っていた。――私の両の目が、これは良い、とでも言うように見開くのを、目の持ち主の私はどうしようも出来ない。けれど、一瞬だった。平然と目は元に戻ったのだ。
途端、ある感情が、心から真珠のように一粒、零れ出る。
それは大切で綺麗で、脆いもの。
「が、我慢大会みたいだね!」
真珠を溶かそう――私は必死になって面白くもない答えを出した。翔ちゃんは少しだけ笑った。
そんなことをしたって意味はない。もう、その気持ちに気付いてしまっているのに。
むしろ真珠は集めた方がいいのに。だけど彼の私に対する領域がどうなっているか、臆病な私には推測すら出来ないから、仕方ない。
周りは暗幕で夜の闇、中央は光といえども生気のない青。この空間で怖い話をしはじめたら、どんな瑣末な話でもきっと腕から羽が生える程鳥肌が立つんじゃないか。
恐怖という事象の中に自分が取り込まれているんだ。冷静に考えれば閉め切った部屋に暗幕に蝋燭にと、気温は上昇の一路を辿っている。けれどそれが逆に恐怖を煽りたてる装置と化す。ここでは何を言っても怖く聞こえるんだ。――そう普通の人は思うだろう。
だけど私は思えない。隣にいる男の子のことが、自分でもおかしいくらいに気になる。
しばらくずっと無言だけど、何を考えているんだろう。
きっと怖い話のことかな。一番初めに話す、とっておきの怖い話。
……いいな。その怖い話が、羨ましい。
そう、私みたいな子は、普通の人じゃない。無機物なんかに嫉妬する子は。
もっと押し並べていうなら――
「ねえ、百本、消してみようか」
私の思惟はぱっと途切れ、構成していたものは脳内や心中にたちまち欠片になって戻っていった。
ああ、何考えてたんだか。
「え? あ、何? 翔ちゃん」
「百本、消してみようか。何か起こるかもしれないから」
「……って、怖い話もしてないのに?」
「いいんだよ」
翔ちゃんはすっと、声を低くした。
「最初から――ここにはたくさん、「いる」んだから」