九十九と一つの灯


 蝉が爽やかに鳴いている。縁側から覗く青空は、絵の具から出したばかりなまでに青く、コントラストをなす白い積乱雲は手でつかめそうなほどもこもことした形がはっきりとしていた。

 翔ちゃんの家は昔ながらの日本家屋で、庭も大きい。日差しは強いが健康的な緑に目が癒される。家の人達もそれを気に入っているのか、涼しげなガラスの風鈴、朝顔の絵が描かれたうちわ、豚さんの蚊取り線香を置いたりしている。これで涼しかったら最高なんだけど、無理な話だ。


「ねえ、本当にやるの? 翔ちゃん」
「やるよ、桃ちゃん」


 将ちゃんの笑顔がきらりと輝いたように見える。私はちょっと肩を竦めた。
 というのも、夏休みの企画として百物語をしようというのだ。


 私達の部活は吹奏楽部。もともとは、文化祭の練習ばかりじゃ、夏休みが面白くない、と部長達が提案した部活の企画で、学校で肝試しをやろうということだったのだが、顧問の後藤先生や他の先生方が妙に厳しくて反対されてしまった。
 じゃあどうしよう、外でやってもいいけどやっぱり危ないしなあ、と先輩達が悩んでいるときに翔ちゃんが持ちかけたのだった。


 僕の家で、百物語をやりませんか、と。


 百物語。百本の蝋燭をつけて、集まった人達が怪談話をする。一話終わるたびに一本ずつ蝋燭を吹き消していき、最後の一本が消された時、怪異が起きる――というものだったはず。
 けれど翔ちゃんはやたらと詳しくて嬉々として私に説明してくれた。夏休みに入る前、二人で文化祭の曲を練習していた時だ。かけたメガネの縁が怪しげに光っていたっけ。


「あのね、江戸時代の小説に伽婢子っていうのがあって、あ、この小説の中に落語で有名な牡丹灯籠も入ってるんだけど、まあ、それはいいとして、この小説の最後の方に怪を語ることっていうのがあってさ。

 『行灯に火を点じ、その行灯は青き紙にてはりたて百筋の灯心を点じ、ひとつの物語に灯心一筋づゝ引きとりぬれば、座中漸ゝ暗くなり、青き紙の色うつろひて、何となく物すごくなり行也。
 それに話つゞくれば、かならずあやしき事おそろしき事あらはるゝとかや』

 って、やり方が書かれてるの」

「へえ……」

 私は何とも言えずそうお茶を濁した。


 ――一体何故だか知らないが、翔ちゃんは昔から怖い話が大好きで大得意だ。毎年夏になると怖い話で精神を冷やそうとする子たちから引っ張りだこだったっけ。学校の合宿、修学旅行の夜を過ごすのにもってこいの逸材でもあった。
 高校に入ってからは、現代の都市伝説や学校の怪談などよりも、もっと伝統的なものを求める指向になったみたいで、この夏は江戸時代に書かれた怖い話を読もうとしている、と言っていた。その最初がおとぎ何とかというものらしい。

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