その百物語の話、まだ誰にもしてなかったのかな。
 子供の頃、翔ちゃんは新しい話を聞いて覚えて来ると、いつも私に最初に話してくれていたことをふと思い出して、ちょっと感傷的になった。
 いそいそと百物語会の準備をする彼を横目で見る。今日はリハーサルをするという。百物語にリハーサルも何もないと思うけど、翔ちゃんだったら一人百物語が出来そうだ。


 りん、と風鈴が鳴る。ちょっとだけ涼しさを感じるが、まやかしだ。


 いつのまにか私達も高校生で、二次性徴はとっくに過ぎていた。
 同じ背丈だった頃、同じ声の高さだった頃、似たような考えを抱いていた頃も、私の背中に広がる時の海にぷかぷかと浮かんでいた。それはもう幻想に近かった。

 翔ちゃんは小柄で文系で決して体力のある方ではないけれど、私とは明らかに違う体つきをしていた。
 もう指先、爪、皮膚の色からして違っていた。男の人を意識するにはそれで十分。しかし何とか、幼馴染という肩書でこうして、まだ平常でいられるのだ。
 もしこの肩書が取れれば――私はここから裸足で逃げ出せるだろう。

 翔ちゃんはどうなのだろう。……なんて考えていると、意識しすぎだ、あるいは自意識過剰だ、と友達から非難されるに決まっている。私もはたから見る側だったら、そうするだろう。


 翔ちゃんは、いつもと変わらない。昔と変わらない。
 夏が毎年同じように暑く、いつの間にか去っていくように。――そして忘れるように。
 ……とりあえず、今の二人は幼馴染で、同じ部活の仲間でしか無いみたい。


「どう? 昨日作ってみたんだけど」
「うわ、でっかい……青い、提灯? じゃないよね、行灯?」
「そう。この中に百本、蝋燭を入れる、と。灯心だと危ないからね」


 青い繊維で漉された光が、部屋に満ちるのを想像する。なかなかロマンチックな光景だ。話している内容はロマンから程遠いけれど。
 それから翔ちゃんはお墓にあるような蝋燭立を何処からともなくいくつも用意して、更には本当に百本蝋燭を持ってきた。念の入った準備にさすがに私は驚いた。蝋燭立を並べ行燈の中に置き、蝋燭を突き刺していった。

 2   
novel top

inserted by FC2 system