「ほら、亮と出会った頃さ、私達で問い詰めたじゃない」
「ああ。友達になってくれた私らに、何かしてあげたかったって言ってたね」
 再び顔を合わせた二人は、どちらからともなく、どこか幸せそうにはにかんだ。
「喜備から信頼されてる私達が、こんなこと言ってちゃ駄目ね」
 そう言いながら美羽はクリアファイルから先週の授業の復習のつもりか、レジュメを取り出し、眺め出した。だがその目はどこか遠い。苦笑するように息をついた。
「春龍先輩のことは、喜備自身がどうにかしない限りはどうにもならない気がするわ」
「そうね。あの子、ああ見えて頑固だもん」
 覚えてる? と二人はいくつかの思い出を頭に浮かべ、また笑った。文化祭の準備の時や修学旅行の時など、高校時代の思い出の中に、亮を友達だと強く信じて有無を言わせなかったことも含まれていた。涙もろくて繊細な所もあるが、お人好しな上に頑固なのだから、新しく出来た彼女の友人達はこれからきっと戸惑うこともあるだろう。

 だけど二人は、そんな喜備が好きだった。

「あの子がどんな顔しても、たとえどんな事態になっても」
 そう言い、少し口を閉じた美羽の言葉の真意が、幹飛にはわかった。詳しいことはわからないけれど、いつの日にかあの人格が喜備の第一人格になる可能性だって、なきにしもあらずと言える。それは全ての地盤が剥がれていくようで、想像するだけで恐ろしい。
 だけれど、と幹飛はしっかり彼女の横顔を見つめた。
「私はあの子の全てを受け入れる、そういう存在でありたい」
 そうならないで欲しい。美羽の目はそう切々と訴えてはいたし、幹飛も同意見だった。けれど、決して大きな声ではなかったが、彼女の言葉ははっきり聞こえた。幹飛は頷いた。

「喜備は喜備だもんね」

 胸を張って、幹飛は言う。
「そうよ、私達、あいつをひっくるめて、もっと仲良くなっちゃえばいいのよ。
 あいつびっくりするわよ。全然目論見どおりにいかないわけだし。そうだ、あいつだったら派手に喧嘩できそうだし、楽しみ」
「喜備の顔に傷つけるのはやめてよね」
 わかってますようだ、と上機嫌に幹飛は黒板の方を向いた。
「と、話が落ち着いたけど、さしあたって状況は開けてないわね……まあ私が先輩のことは喜備がどうにかするしかないって言っちゃったんだけど。何をすべきかしらねえ」
「とりあえず元気づけよう、喜備をさ!
 よし、授業終わったら食堂誘おう、ご飯食べよう!」
「それがいいわね」
 美羽が一際嬉しそうに頬を緩め幹飛にそう返したのは、喜備の姿が教室入口に見えたからだった。喜備が帰ってくるやいなや幹飛はぶんぶん彼女の腕を振って食堂へ行こうとやけに大はしゃぎする様子は、きっと見ていて滑稽だっただろう。美羽はそう思うが、喜備の為なら自分も幹飛も、可笑しく思われることは厭わない。同時にそう強く思った。



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