「ハル君かえしてよお、あたしのハル君かえしてよお!
そうくんのいじわるう! えええーん! たすけてよお、りょうたくうん」
まるで、彼女の将来の夢・保育士が世話をする幼稚園児のように遼は泣きじゃくる。操は口をぽかんと間抜けに開けてその様子をただ見ていた。犯人の曹はあはははと笑っていた。彼も子供のようだった。
「あーあー、いつみてもおかしーたまらねー、あはははは!
ホントに千里そっくりになるんだからな、いや千里になるのか、ははは」
「ちょ、ちょっとちょっと曹さん!
わけわかんないこと言ってないで遼ちゃん何とかしてあげてください!」
やーだよー、と曹はまだ笑ってどんどんと机を叩き笑いつぶれている。遼は少し落ち着いて今度は嗚咽の声が聞こえてきた。目元は腫れていて眉は八の字に曲がりしょんぼりしている遼の姿はさっきの凛とした姿からはかけ離れていた。操は曹の持っていたパペットを奪い取りしょげている遼の右手を持ち上げてはめた。
「大丈夫?」
「……」
遼は顔を、眠りから覚めたようにしゃきっとあげ、隣の操の顔をまじまじと見つめた。
「また私、千里ちゃ……泣いちゃってたんですか」
「うん」
操は胸をなでおろす。ごしごしと目をこすり、ふうと息をつく生真面目な顔になった遼を見ていると先ほどまでの泣き虫な少女はまったくの夢風景だったような気がする。曹はつまらなさそうに肘を突きてのひらの上に顔を乗せて、文句を垂れるでもなく口を鳥のように突き出している。
「えい」
操は興味本位でもう一度パペットを取った。
「う、うわあんっ、さおちゃんひどいっ」
(うわ、おもしろっ)
操はニヤリと微笑んだ。間を置かずに彼女はまた泣き虫に変貌していく。今度は続けてだったので最初のような泣き声の勢いはなくさめざめと年相応に泣いていた。
「私も曹さんのこと叱れないわね……」
苦笑しながら操はちらりと曹に目をやる。そうだろ、なり何なり言うと思ったのだ。
彼は、笑っていなかった。
奇妙な幻覚を見たような、今起こったことをいまいち理解できていないような、真顔に近い、だけれど微妙に歪んだ顔。
何か間違いをしてしまったのかと――遼を泣かせたことはやはりしてはいけないことだったのか、権利は曹にしかなかったのかと唾を飲み、怯えたが、曹はどうも怒っているようには見えない。
その真意は、掴めない。
「あの……曹、さん?」
「あ……ああ、ああ。やっぱり面白いな、はは」
待機状態が解除された電化製品の如く自然に、普段の曹の顔は戻ってきた。だけどどこかぎこちない笑みだ。その端々に戸惑いのようなものが見てとれるのは操の錯覚に過ぎないのだろうか? ぬいぐるみを取り外すだけで性格が変わるなんていうとんでもない少女の存在に全ての軸が揺らいでしまったのだろうか。
その本当の理由に迫るまで、操はまだ時が流れるのを待つ必要があるように思えた。