AB型の二人



 あの出逢いについては、自分の運がよかったのか悪かったのかわからない。鷲羽操(わしゅうさお)はそう思っている。
 



 六月。梅雨入りしたというのに三国市の降雨量はそうも多くなかった。かえって晴れの日が続いている。
 操が三国大学に入学して二ヶ月が経っていた。だいぶ大学生生活にも慣れてきた。初めて講義をサボって、三国市の繁華街・大庭に出かけてみる。途中コンビニで立ち読みした雑誌に血液型別占いが載っていた。ページの半分は星占いで、血液型占いは補足的なイメージを受けた。ま、そもそも血液型と性格の関係は当たってないって言うし、占いもそうなんだろう、星占いの方が当たってる当たってない云々以前に歴史長いわけだし優遇されるわ、と操はどうでもいいことを考えながらAB型の欄を見た。操はAB型である。


『AB型のあなた! 今月はステキな出会いがありそうかも?
 深みにはまっていきそうな出会いかもしれないです』


 そのあと今年の下半期、運勢はこれこれこうだから……と書いてあるが、なんとなく操は読む気がしなくなって雑誌を戻した。
出会いなど、操には関係なかった。別に恋人がいるわけでも、ものすごく親しい友人がいるわけでもない。人と関わるのが、操は面倒くさいのだった。
 そして、操は占いに出会いを頼るほど困らない。
「ねえねえ、一人?」
「暇なの?」
「どしたの? 大学生? サボリ?」
 と繁華街をぶらぶらするだけでナンパされる。操は顔が別段いいわけでない。服にお金をかけているとか、ファッションセンスがずば抜けて良いわけでもない。背は高い方だが、スタイルが抜群にいいわけでもない。
 操が望めば、そうなるのだ。
 しかし今回は望んだわけではない。大方望めばそうなるのだが、望まなくてもそうなることがある。
 運がいいのだ。客観的に見て運がいいのだ。ただそれだけである。
 操はいらいらしながらそれらの攻撃を避けていく。一人がいい、と望む。そうすると自然に操は人ごみに溶け込めた。やはり運がいい。そう人は言うだろう。だが操にとってあまりに当たり前のことなので改めてそう思うことはほとんどない。歩いていくとわりと奥の方に来てしまった。古着屋に行こうと思っていたのに、いつのまにか通り過ぎてしまったようだ。
 少々面倒くささを感じながら引き返そう、と操が方向を変えたときだった。



「そこの女」



 男の声が、そばで聞こえた。
 女、なんて随分失礼に声を掛けたものである。操は気に食わない。無視しようと思った。いつもの操ならすたすた行ってしまう。そうして記憶にも残らないで消え失せる。
 しかし、今日はどうしたのか、操は立ち止まった。そして、声の主を見る。
 その自らの動きの流れを、操はいつ思い出しても鮮明に覚えている。
 男は怪しげな館風の店の前に座っていた。ただ単に座っているだけでなく、いかにも占いに使うといったような、藍色のビロードのクロスがかかったミニテーブルのイスに腰掛けている。
彼自身は、銀のアクセサリーがその怪しげな雰囲気のせいで目立つ以外は、普通の格好をしている。しかし顔が綺麗だった。モデルのように端正な顔立ちで、けれど華奢ではなく体はがっちり大きそうで、背も高そうだった。じっと見つめられている。
 偶然、ばっちりと目が合った。操と彼には距離がけっこうある。しかし操には、彼の黒い目が、黒い瞳が、操の全てを捕らえてしまうような恐ろしい何かを孕んでいるそれが、しっかり見えた気がした。
「……なんですか」
「いや。占いをしていかないか」
 と言って男は後ろの館を右の親指で指す。その時何人かの若い女性達が談笑しながら館から出てきた。男は客寄せらしい。
「いえ。結構です。もう血液型占い読みましたから」
 やっぱり操はすたすたと逃げようとした。
「そんなの当たらないぞ。ちなみに俺はAB型だ」
「あ、同じですね」
 操は少し微笑んだ。珍しく、人口比率でも少ないAB型、同じ人を見つけると心なしか嬉しくなる。そして、彼のもとへ近づいていく。
「お? 興味わいたか? 寄ってけ寄ってけ」
「別に、興味ないですよ、占いなんて」
 テーブルに向き合ったイスにかける。ふう、と操は息をつく。操は久々に街に出て歩いたので正直、疲れていたのだった。見ず知らずの人とこう喋るのも本当はあり得ないが、全ては疲れているからだろう。別に特別な理由があるわけでもない。
「はー……女のくせに珍しい」
「女だからって全員が占い好きってことはないでしょうが」
「なんでだ?」
 男にかなり接近した分、彼の顔がよく見える。やはり綺麗だ。まつげなんて、操より長い。髪もいい感じに整っておりその光沢も汚く感じない。興味津々な目がまた操の視線とぶつかる。真っ黒く、大きい目である。まるで子供のような目だ。さっき感じた恐ろしい何かはどこへいったのだろう。キラキラ黒光りしている。
「というか全然、興味がないです。かなり、何に対しても」
「だからそれもなんでなんだ」
 操はまた息をついてから言う。



「私、運がいいんですよ」
「ほお」
「運が良過ぎるんですよ」
「ふうん。どんな程度」
「そうですね」
 操は若干顔を傾けて、視線を自分の足もとに持っていく。
「宝くじは買えば小額ですけど、必ず当たります。雨が降る予報なのに傘を持たずに出ると必ず降らないし、持って行けば降ります。テストでヤマ張れば大抵当たりますし、先生に当てられたくないと思ったら当たりません。ナンパされたいと思ったらナンパされるし、……まあ嫌だけど。
 高校のときは望んでないのに結構告白されました。全部断りましたけど。
 大学だって運で入ったようなものです。というように……何に対してもうまくいっちゃうから、です」
「はは。面白い。面白いな。超絶に運がいい。類稀なる強運だな」
 と男は子供のようにはしゃいでいる。見た感じ、操より数年年上のようだが、操の方が落ち着いているだろう。自分の運の良さは、そこまで絶賛するほどのものではないのに……と、操はやや呆れていた。
「いいな、よし、お前、俺の友達になれ」
「はい?」
 嫌だ、と思った。いつもなら、こういう時に何かチャンスが訪れてさっとこの場を切り抜けられるはずだ。なのに、操の強運は――働かなかった。この男に運の強さを制限されたように。



「俺は鷹巣曹だ。お前は」



 曹は操の返事を待っている。あの黒い目で操の顔をじっと見つめながら。操は戸惑った。しかし、



「鷲羽操……です」



と彼女は曹に自分を差し出してしまった。そんな気がした一瞬だった。

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