繁華街の大通りを抜け、しばらくぶらぶら歩くと川が見えた。河川敷は若々しくよく整備された芝生が広がっている。曹はその場所に腰を下ろしてぼうっと川を見ていた。操は川の向こうの町並みや木々を見ながら立っている。
「すみませんでした」
 曹が何も言わないので沈黙が訪れた。息が詰まりそうになったので操は伊予に関することにもう一度謝罪する。
「別にいい。しかしお前の強運やはり面白いな。この俺が被害者になるとは思わなかった。加害者が一番俺に似合っているというのに」
「はあ」
 サディストなのだろうか、そうなのだろうなと呆れながらも納得した。
「想定することが起こりやすいが、それが当人にも周りの人間にも全てプラスに作用するわけではない。それでこそ強運だが禍々しいものを孕んだ運――凶運になる所以だな。
 もし強運がそういう仕組みを必ず秘めているものなら、強運でいい思いをしている奴など一人もいないかもしれん。一番幸せなのは平々凡々の運を持つ奴だ。幸運を素直に喜べるからな……」
 風が吹き木々が揺れた。芝生のむせ返る匂いが鼻先をくすぐる。芝生をぶちぶちちぎりながら、曹は独り言のように、あるいは詩歌のように言った。操はその言葉全てに賛同できるかどうかはともかく、何か自分と似たようなものをぼんやりと感じていた。血液型が自分と同じ人に出会うのが、実は初めてだったからかもしれない。かすかなシンパシーを操は心に抱きながら曹の隣に座った。
「でも、運がよかったとも悪かったとも、決めるのは私です」
 彼の香りが、鼻孔をくすぐる。少しだけ、本当に少しだけ、彼に抱きしめられたように感じた。そんな、自分に似合わない幻想に似た妄想を振り払うように、口にするのは、自分の考え。
「運命は自分のものですから」



 太陽は少し傾き、けれども真夏に似た陽光を世界に注いでいる。
「伊予さんも曹さんの言うところの友達ですか」
「あいつか? 友達なのかどうかわからん。保留にしてある。まあ、いろいろとあったんだ」
 操は、その含みを持った言葉をとりあえず受け流す。
「……伊予も確かに興味深い奴だが俺はまだまだ友達には困っていない。困ったときにあいつを加えてやるんだ」
 曹やヒミコ、伊予の言葉を聞く限り友達というワードがちらほら出現しているので
「あの。友達って、曹さんたくさんいるんですか?」
と試しに訊いてみる。
「いる。全国津々浦々山ほど」
「ふうん」
 操は膝の上に頭をのせ、自分の大学の友達を思う。少人数だが高校・中学の頃の友達も思う。ただ思い浮かべるだけで、元気かな、何しているかな、とは考えなかった。視線が曹の顔にいっていた。綺麗な顔だな、と思う。
 今は曹のことを考える時なのだろう。
「だったらその友達頼って、あいつら? から、逃げ回ればいいのに」
 操はふうっとため息をついた。しかし曹はかぶりを振る。
「嫌だ。俺はここにいたい」
 また子供みたいな顔をしている。ふふと笑ってしまう。
「友達が沢山いるからこそ距離を取っているんですか。
 ――迷惑はかけたくないものですよね」
 そう言うと曹は、真面目な顔をして操を見た。お互いの視線がぶつかり合う。曹の黒い目がまともに操の茶色い瞳に映り、また得体の知れない黒くもくもくした、自分を縛られるような感覚が網膜から体全体に行き渡る気がした。
 しかしそれは予感に過ぎない。曹はすぐに笑顔を作った。とたんに、その感覚は消えうせる。
「なんにせよここで大切にしたい友達が何人も出来たんだ。まあ惇は従兄弟だし元々知っていたが。それに、操、お前も仲間入りしたし」
「私、入ってるんですか?」
「当然だろ。友達になれといってお前は俺に名を知らせたじゃないか。俺といると楽しいぞ」
「疲れると思います」
 やれやれと思いつつよいしょ、と操は立ち上がる。もうこの強引さに慣れ始めているのが恐ろしい。曹の友達という確実な証なのかもしれない。



「鷹巣さん」
「曹でいい」
「なら曹さん。あなた本当にAB型ですか? 本当は、強引でわがままな性格の、別の血液型じゃないんですか」
「俺のことをずばっとそう言うなんてますます面白い奴め。俺はABだぞ! ミステリアスなところなんてABって気がしないか」
 そして彼も立ち上がって、二人はどちらからともなく、二人が出逢った場所へ戻ろうとする。
「どこがミステリアスですか。伊予さんの方がミステリアスです」
「はん。俺はABだ。献血したときにもそう言われた」
 遊び人のように見える彼でも社会貢献はしたことがあるらしい。操は献血未体験だった。
「だいたい、俺があの親父とあの女から生まれる血液型であるはずがない。同じでもあるはずがない。俺はABだ。……おふくろの遺伝子が、ちゃんとあるんだ」
 操は隣の男の、綺麗な顔をまた見上げる。



 美形だったり、ヒミコのところに居候していたり、友達にあふれていたり、お金持ちだったり、何かから逃げていたりと今日得られた情報を思い返す。断片的なものだけ得られ、しかし存在はぼんやりしているわけでなく、堂々と地に立ち強い引力を持ちはっきりその姿が見て取れる曹は、――確かにミステリアスといえばそうかもしれなかった。
 操は彼のことが少し、知りたいと思った。

(了)

この二人が気に入ったかも、という方はどうぞ。。。

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