「美しいものをそのままに収めてしまえる、何気ない風景を、人々の表情を写し取る! そこに新たな価値観を見出す、それが写真という芸術なのです!」
「げえっ! 尾西!」
 いぶきちゃんはまるで腫れものから遠ざかるように突然やってきた男子から飛び去って私の腕を掴んだ。尾西、というとさっき変態なんていう物騒な名詞をつけられていた人だろうか?
「あ、あの時にカメラばしゃばしゃ撮ってた……」
「お昼の騒動の時には、とんだご無礼を致しました。――お名前は何と仰いますか?」
 突然登場した尾西君をまじまじと見て、志摩子さんは若干おどおどしながら答えた。
「……し……いえ、左近、志摩子、と、申しますけど……」
「み……何じゃあ、こいつは……」
 さすがの志摩子さんも神出鬼没な尾西君をやや警戒しているみたい。ミツ君も同様に耳髪の毛を逆立て志摩子さんの足にぴったりくっついている。
「はは、そんなに警戒なさらなくても結構です」
「するのが普通なのよこの馬鹿! 神出鬼没! 限りなく二枚目に近い変態! 志摩子さん逃げてー」
 いぶきちゃんの弾劾空しく、尾西君は全く気にすることなく紳士的な笑みを続けおもむろにカメラを構えていた。そしてフラッシュが一閃。志摩子さんは警戒を強めるべきか緩めるべきか判断し兼ね、逆に動けなくなっているようで、水に濡らされている猫、というのがしっくりくる様子だった。
「少年と大人の女性という構図、これは少年期の恋や母恋を醸しだす一番の被写体ですよ、はいもっと柔らかく」
「でえーい! いい加減にしなさいこのヘンタイ!」
 チョップではなく、クリーンヒットが決まったのはブッチャーだった。尾西君は何故か気持ちよさそうな顔を浮かべながらぽーんと吹き飛んだ。……いぶきちゃんは別に空手や柔道を習っているわけではないし体育が得意ってわけでもないのに、こと変態退治には女の子にはきっと物理学では解き明かせないものすごい力が瞬時に働くのだ、と私は思うことにする。
「すいません、ほんっと、うちの尾西の変態はきっと死んでも治りません……」
「いえいえ、そんなに不快に思っていたわけではございませんし……」
「志摩子さん……何てお優しい……神か仏ですかあなたって人は!」
「志摩子だからの。み、それにしても光が強すぎて目を閉じても残像がすごいのじゃ」
 ごしごし目を擦るミツ君。ぼんやり彼を見つめていてようやく嵐が過ぎた、と思っていたら「ところで!」とまた尾西君の声が響いた。
「あんた……いい加減大人しくしてなさいよ、なに? ゴキブリ並みの生命力ってこと?」
「はっははは、俺は新聞紙の筒一撃で死ぬような雑兵ではないぜ関根。さすがに写真を撮るのはこれくらいにしますが、志摩子さんにちょいとお訊きしたいことがありましてね」
「あんた……スリーサイズとか訊いたらぶっ飛ばすわよ」
 すりいさいずとは何でしょう? と志摩子さんは首を傾げたが、教えるものかどうしようか答えあぐねていたら、尾西君はその質問を開示した。
「いや、俺はですね、これでも制服にうるさいんですけど」
「変態だもの当然よね」
「うっさいな。でね、この清山学園はいくつかの私立高校がそれこそ会社のように合併、統合、分離を繰り返して完成した学校なんですよ。ですから、その母体となった各私立高の制服やら、清山創立当時の制服やら、なんとか記念の制服やら、様々なバリエーションがあるわけです。ちなみに現行の制服は第八デザイン」
 はあ、ととりあえず返事だけはしている志摩子さんと、頷くだけのミツ君。私も鳴滝君も自分の制服についての歴史なんてついぞ知らないし、口を挟む疑問もなくただ黙って聞いている。
「志摩子さんが今お召しになっている制服は、大体、八十年代前半……いや、後半か? あたりの制服なんです。まだ、清山がここまで大きくなっていない頃ですか。当時はロングスカートが流行していましたし、制服の襟の部分から直接リボンが展開している、その独自のデザインは、おそらくその時期のものだと記憶しています」
 志摩子さんは返事もせず、ただ黙る。
「それに、君の制服もね、昔のデザインに似ている」
「みっ? この着物がか?」
「そう。まあ小等部の制服なんてどこも似たりよったりなんですけど、ここ」
 尾西君はミツ君の手首を指差した。
「カフスボタンが三つついている。それからサスペンダーの留め具の形が菱形。この特徴も、八十年代の小等部のものに見られる。カフスボタンが三つなんて面倒くさいでしょう? この時期に出てすぐ取りやめになったんですよ」
 何故かミツ君も、志摩子さんと同様に急に黙り込んだ。

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