私達は写真部などが使うスタジオとその外、第三中庭の一部を使って作られた特設会場へ赴く。スタジオは、例えばクラスの集合写真や個人写真を写したりするところなんだけど、機材などのセットがとにかく本格的で、写真部やファッション研究会がモデルさんを使って撮影をしたり、放送部系の部活、特にドラマ制作系のグループはこぞってここを使う場合が多い。それだけでも、清山のお金の使いぶりには驚きを隠せないんだけど、今回のこの会場はさすがに言葉を失った。
「すげ……なんだここ」
「映画村みたい……そのまま撮影所、です、ね」
 そう、私達は現代ではなく明治・大正時代にいたり、江戸時代にいたり、古き良き昭和の時代にいたり、はたまたどこか見知らぬ外国の街にいたりしたのだ。そこを歩くのはそれぞれの時代・場所の服を着飾った清山の生徒や先生や、保護者の方々、そして一般の人、カメラのフラッシュがあちこちで煌めく様までまるでテーマパーク。……といっても清山学園自体、そんなものなのだけど。
「おっ、みっさちゃーん!」
 向こうからいぶきちゃんが、機材の入っているであろうショルダーバッグを掛けながらこちらへスキップ風に走り寄ってきた。
「やっと来てくれたのねー、遅いよいくらなんでも!」
「ごめんねいぶきちゃん」
「いいや、いいよ?」
 いぶきちゃんの視線が向かうのは鳴滝君で、それからすぐに私の方を向く。よくやったわね、と小声でほくそ笑む彼女はまるで自分のことのように言うので、私は何だか恥ずかしさよりも嬉しさが増して、ありがとうと何度も言いたくなった。
「鳴滝君、お昼は大変だったわねえ、あの喧嘩!」
「あ、その節は……」
 固くならなくても、何もしてないんだしと手を何度も振って宥めながら次にいぶきちゃんの目が向かうのは志摩子さんだった。ぴょこんとお辞儀をする。志摩子さんもそれを受けて静々頭を下げた。
「えーと、お姉さんも一緒だったんですね」
「ええ。その際は、皆様にとんだご無礼を働いてしまいまして、いらぬ迷惑をまき散らしてしまい、恐縮です」
「そんな! とーんでもない。むしろ迷惑をかけたのはうちの変態尾西ですよ! あいつ、お姉さんの許可なくばっしゃばっしゃ撮っちゃって。まあみんな結構普通に写メってたりしてたけど……マナーがなってませんよね、カメラマンとして。人には肖像権ってものがあってですね……」
 はあ、といぶきちゃんの論陣にただ黙って頷くしかない志摩子さんとそして何故か私のスカートの端も引っ張ってミツ君が何かみいみい言っている。
「どうしたんだ? ミツ」
「いや、あのな、あちこちで雷のように光っておるあれは何じゃ?」
 多分ミツ君の言っているのはカメラのフラッシュだろう。
「あれはカメラって言って……」
「み? 瓶?」
「亀ですか?」
 志摩子さんまで真面目くさった顔をして笑えない冗談、ではなく本気の回答をしてくるものだから私はつい可笑しくなって吹き出してしまった。
「カメラのこと、……知らないんですか?」
 マジ? いつの時代の人よ……、と小声で呟くいぶきちゃんに私はそっと、彼と彼女について教えた。通貨を知らない、学校を知らない、こちらの食べ物のことをあまり知らない、その程度のことだ。世界だのなんだのは、言うとややこしくなりそうだったから口を噤む。
「へえ。……何だか、タイムスリップしてきたみたいね」
「タイムスリップかあ……あり得そうだよな、な、音宮さん」
「う、うん……そうですね、何だか、面白い」
 本当はそんなことあり得るわけがないけれど、今日みたいなお祭りの日には夢くらい見たっていいだろう。私がかつて思った、物語の中からこちらに迷い込んだというより、タイムスリップの方がよほどあるような気もするし。……どっちもどっちかな、と内心苦笑する。
「かめらとは一体何が出来るんじゃ?」
「出来るっていうと……試してみた方が早いでしょ」
 いぶきちゃんがバッグから取り出したるは、普通のカメラよりもレンズ上の部分が出っ張っていて大きい、一見してポラロイドカメラとわかるものだった。説明もなしにぱしゃっとミツ君を撮った。フラッシュの瞬間にミツ君はみっと鳴いて目を瞑ってしまった。
 べえっと出てきた黒い写真をじいっと眺めていると、段々写真全体が明るくなってきて獣耳の髪を逆立て目を瞑ってしまったミツ君が現れてきた。おお、とミツ君の顔が明るくなり、志摩子さんも目を丸くして驚いている。
「すごいのじゃ! 肖像画以上に精巧なのじゃ。こ、これは南蛮、西洋の技術なのか」
「カメラの始まりは、そりゃあ海外でしょ?」
「みい……やはり南蛮の技術は侮れないのう」
「ええ……本当に。鎧や武器などもあちらが優れている場合がありますしね。しかしこれほど優れている技術は、芸術にもなり得るでしょう」
 ただ写真を撮っただけでここまで絶賛されるので、いぶきちゃんは機嫌がとにかく良さそうだった。そういう芸術的な、写真部の真面目な展示も一応あるのよ、と言ういぶきちゃんは春の野原を駆け回っている無邪気な少女そのものだ。
「そう!」
 そこに響いたのは見知らぬ男性の声。

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