ミツ君は案の定目をきらきらと輝かせ、頬をみるみる紅潮させて目の前に並んだ模擬店のメニューを見つめた。志摩子さんも驚いたように、だけどその驚きをあまり表に出さないようにしてがっつくミツ君をお行儀が悪いですよ、零してしまいますよ、詰まってしまいますよ、と諫めていた。時々恭しく彼の口元を拭う。
「でもこんなものは全然「あっち」になかったじゃろ? 志摩子もそんなむっつりしてないでもっとがーっと食べてしまえばいいのじゃ」
「美味なのはわかります。殿に落ち着きが無いだけで、私は普通です」
 そう言うけれど志摩子さんの食べ方はどんな人もお手本にしたいような丁寧な、行儀のいいもので、彼女も初めて見る食べ物(のはず)なのに、どうしてここまで綺麗に食べれるのか、と思う。やっぱり育ちの違いなのかな。だったらミツ君はもっと綺麗に食べるべきだけど。
「みー、まったく志摩子は「のり」が悪いのじゃ。んみ? ナルヒコ、お前のそれも旨そうなのじゃ」
「だあ、横からいきなり取ってくなよ!」
「ふふ。はい、ミツ君これあげるね」
「みい! すまぬな」
 まるで文化祭じゃなくて遠足に来たみたい。いつも文化祭は大体二人組で行動することが多くて、食べるのも二人か、多くて三人だったからかな。こうやって分けあうのもなかなかしなかったし、とミツ君を見ながら思う。物を一杯頬ばった彼はリスみたいでやっぱり可愛い。獣の耳に見える髪はぴんと立っている。機嫌がいいと立つのかな。
 彼を隣で見守る志摩子さんは家来というよりもまるでお母さんだった。何歳なんだろう。その分別を知った知的な瞳、落ち着いた表情を見るにつけ、私や、同級生の子よりもずっとずっと大人びているからまさか同い年とは思えない。制服――どこのものとも知れないけど――を着ているからって、絶対十代ってわけでもない、はず。
 気付くと周りの人誰もがひそひそ、と志摩子さんの方を見て何か話している。これだけ身長の高い女の人も珍しいからその所為かと思ったけど、彼らの手にあるものは何処かの報道系部活が出した、号外と書かれた新聞だ。さっきの騒ぎのことが書かれてあるのだなと容易に見当がついた。彼女の勇姿が書かれているのだろう。志摩子さんは彼らの視線には全く気付いていないのか、気付いていても泰然たる態度を取るように心がけている、という風だった。
「ふー食った食ったーなのじゃ。しばらくは動けんの」
「お二人がた、どうも、御馳走様でした」
「じゃあ、ちょっと休んで次は模擬店じゃなくてアトラクション回ろうか」
「? あとらくしょん、とは何じゃ?」
「んと……お化け屋敷とか、なんだろう、射的とか? とにかく楽しいもの、だよ。あ、私のところは模擬店だけど……部活の展示とかもあるよ」
 面白そうじゃ、と満腹感に酔いしれていたはずのミツ君はすぐに立ち上がって志摩子さんの手を引いた。休む間もなく早速私達は食後の運動、といった具合にアトラクション豊かな方へ向かいだした。





 人気のお化け屋敷はとてつもない混雑だったから、中庭やグラウンドに出てみた。野球部のバッティングやボールをぶつけてパネルを崩していくゲーム、サッカー部はPK戦で景品を獲得するゲームなど、球技系はどれも似たようなものだったが、運動部でも文化祭を盛り上げようと頑張っている様子が熱い程伝わってきて私はただぼうっとしていた。
「音宮さん?」
「あ、すいません……。いつも文化祭はあんまりグラウンドに来たりしないんで、運動部も頑張っているんだなあって……」
 うんうんと頷いて、いつのまにかゲームに参加していたミツ君や志摩子さんを見ていた。ミツ君はとにかく体を動かすこと全般がどうも駄目みたいで志摩子さんに泣きついては代わりにやらせていた。虎の威を狩る狐じゃないけど、本当に彼は彼女に頼り切りだった。
 巨大迷路なるものもあって、鳴滝君と私も参加してみた。「城攻めの真似事は少々苦手ですよ」と志摩子さんが言うと「お前にも苦手はあるんじゃの」とミツ君は彼女を意外そうに見上げた。何でも出来そうに見えるから私も鳴滝君も意外な目を向けていたが――一着にゴールしたのは志摩子さんで、ミツ君は最後まで取り残されていた。みいーっと叫び声がし、「助けるのじゃーしまこお!」とそれは段々悲痛な泣き声に変わっていったので、これには係の子達も可哀想に思って無事ミツ君は私達の元に帰ってきて、志摩子さんの肩に埋もれてた。泣いているのかと思えばそうではなく、「めいろ、なんて、壁を壊していけばよいのじゃ!」と忌々しげに迷路を睨んで言った。負け犬の遠吠えにしか聞こえない。鳴滝君も同じことを思っていたのか、私達は顔を見合せて笑った。
 しばらく休もうと、中庭にある長めのベンチに腰かけたが、すぐにミツ君の興味が何かをとらえた。
「み? あれは何じゃろう」
「んー? 手品部か何かの、移動パフォーマンスじゃないか?」
「気になるのじゃ、ナルヒコ、供をせい」
 何で俺なんだよと鳴滝君は愚痴をこぼしたが子供には逆らえない、というか逆らう暇もなく引っ張られて即席ステージの方へと行ってしまった。
 ベンチに残ったのは、私と志摩子さんだった。

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