私と鳴滝君は、ミツ君と志摩子さんは一体何者なのか? という疑問の海にそのまま漂うかと思ったけれど、ミツ君が「遅いのじゃおぬしら!」と戻って来て無理矢理私達を引っ張っていったものだから、結局うやむやになってしまった。――だけど、この熱に浮かされたお祭りにおいて、彼と彼女が何者か、なんていうのはとても瑣末なことのように思えた。誰もがお祭りの参加者、教師も生徒も一般人もみな平等、といった気風のお祭りだ。私達がすべきことは、ただ楽しむこと。
(それに、鳴滝君と一緒に回れるようになったから……)
 一時間前の私に想いを馳せる。奇跡が起こればと涙を一筋垂らした私。そんな私に声をかけてくれたのが、今強く私の手を引くミツ君で、ミツ君の探していた志摩子さんが鳴滝君のところにいて……出来過ぎた偶然にこれは神様の悪戯なのかな、と湧き上がる微笑みを隠せずにはいられなかった。
「そういえば、俺も腹減ったし、ちょうどいいかもな」
「あ、模擬店のこと、ですか?」
「う、うん」
 それから意を決したように早く行こう、と鳴滝君は私達を模擬店がひしめく一角へと誘ったのだった。ミツ君は志摩子さんと手を繋いでいるから、自然と私と鳴滝君が隣り合った。それだけでいいのに、ミツ君と志摩子さんのように手を繋げたらどんなにいいだろうと思う。道々、よく私達は目が合った所為かも知れない。自分が欲深いことを初めて知った気がして、どこか切なかった。





 お昼が近いこともあってどこに目を向けてもとにかくお客さんで一杯だ。人いきれのすき間を縫って空気に満ちるのはソースの香り、甘い香り、口を開けて息を吸うだけでお腹一杯になってしまいそう。
「俺が買ってきますから、音宮さん達は待ってて」
「あ、私も一緒に」
「いや、逸れると――」
 ああ、と彼は思い出したように額を撫でた。鳴滝君だけにお金を出させるのはやっぱり悪い。……だけどそれは、一緒にいる口実になっているだけじゃないの、と私は自分の打算的なところをうっかり自覚してしまう。
「大丈夫じゃ、今度は逸れたりしないでの。志摩子と待っているのじゃ」
「自分から離れたのは殿の方ですよ」
「最初に偵察に行くと言ったのは志摩子の方じゃろ、お前から離れたってことじゃよ」
 減らず口を、と志摩子さんは苦笑する。
「じゃあ、これ以上混むと厄介だから、行こう、音宮さん」
「は、はい」
 ともかく私達は昼食を買いに出た。たこ焼きや焼き烏賊、から揚げ、焼きそば、お好み焼きにフランクフルト、ソフトクリーム、りんご飴。ミツ君はまた好奇の目を輝かせて舌鼓を打つんだろうな。列に並んでいる間私は鳴滝君に、ミツ君がどれだけ世間知らずだったか、綿あめをどれだけ美味しそうに食べ、褒めちぎったかを伝えた。
「だから私は彼を、こういった庶民の食べ物に縁がなかった、どこかのお坊ちゃまだと思ってたんですけど……」
「そうだったのかあ。生意気だし、態度が子供らしからぬよな、横柄過ぎるっていうか。確かに、どっかのお坊っちゃんっぽい……」
「でも、それがやっぱり子供っぽいなあって思います」
「こっちは……あ、そういえばさっきの、俺が出くわした騒ぎのこと、まだ言ってなかったっけ」
 私もそれは気になっていた。救護班、総務、執行部が駆けつけ、黒山の人だかりになっていたあれは、一体何だったんだろう。
 鳴滝君が話すところによると、ストリートファイト同好会という不良サークルが周りの一般人を巻き込むような喧嘩をしていて、鳴滝君は総務だからといって目をつけられた。そこで助けてくれたのがあの志摩子さんで、たった一人、女性なのに、ほとんど素手で不良達をこてんぱんにやっつけてしまった、という。彼女の活躍にその場は火のついたように大騒ぎになり、報道系の部活やら何やら怪しげな同好会やらが集まって、騒ぎが落ち着くまでますます賑やかになってしまった、という。
「志摩子さんが? すごい……」
「いやあ、俺もほんとに……まるで映画でも見てるみたいで、ぼうっとした」
 あの体格だから、何か武芸に通じていてもおかしくないけれど。ああ、そうだった。
「ミツ君が、志摩子さんは男に負けない戦いぶりで、ええと、巴御前の再来だって、褒めていました」
「巴御前……が何かはよく知らないけど、うん、とにかく格好よかった! ……なんて、男なのに助けられて、情けないよなあ」
 そんな、と私は思わず口を開く。
「怪我がなくて、本当によかった……」
 彼が無事に私の隣にいて、こうして話が出来る。それだけで、幸せだ。鳴滝君は瞬きを何度もして、首を掻きながら苦笑した。
 それきり私達は黙った。私の想像が許されるのなら、沈黙を繕わなくても、ただ二人こうしていられるのがいいと、きっと互いに思い合ったからだろう。

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