「な、何してるんだ、この変態!」
「へ、変態って……! お、女の子に向かって変態って、失礼にも程がありますよ!」
鏡太郎さんは素早く眼鏡をかけて、ふんと鼻で私をあしらう。ああ、いつもの苛め方だ。
「何を言う、君が僕に近づいていたんだろうに!
言っておくが僕の文章技巧を盗もうなんて君には1122年くらい早い! 大体人の寝姿で技巧が優れるなんて話は古今東西聞いたことがない。もしそうだったら、人文学界の連中が通ってる吉原の花魁や太夫はさぞ表現が巧みなんだろうねえ。恋文が文壇を騒がせることになるんだぜ? まあ、それもそれでさぞオツな話だが――」
「……お仕事、サボタージュされてましたね」
妙に饒舌なのが不自然だった。言ってやったら図星だったようで、鏡太郎さんは言葉を詰まらせた。私は可笑しくなって目を細めた。話の内容にも出ていたということは、つい眠って無防備な姿を曝したことが彼にとっては恥だということだ。
「紅妖先生に言っちゃおうかな――」
「なあ……むう、君、卑怯だぞ! 何故起こさない!」
ああ、と彼は叫ぶ。私が読んだ原稿のことに気付いたのだろう。見ると顔がさっきの私のように真っ赤だ。ますます私は目を細めた。
「読んだな! 君、読んだんだろう!」
「読んでいたらどうします?」
「先生にもまだ見せていないのにっ――」
それは建前である気がした。
だってあの世界は、今までの彼のものとは違い過ぎているから。
それだってきっと、恥ずかしいのだろう。
原稿を持つ手が震えて、いつも白い肌が真っ赤になっている。
――私のことを「お母様」と呟いたことも、覚えていたらきっと、恥ずかしさで卒倒してしまうんだろう。
この人のことだもの。