少し滲んだ視界に、丸い鳶色のものが映っている。何だろうと思って、瞬きを数回してみたら――私は固まった。



 鏡太郎さんが覚醒した。



 途端に私の顔は赤く染まりあがる。とても血流だけで赤くしているとは思えないほど赤く、紅くなっていく。どうして解るのかというと、彼の鳶色の瞳に変貌したその姿が、映っていた――そんな気がしたからだ。
 固まって、血液も過剰に流れていたから咄嗟には動けない。互いの匂いがする距離に、瞳孔が見える距離にいることに今更私は震えあがる。いくら何でもそんなに近付くことはなかっただろうに! 自分の愚かさを恨む。
 鏡太郎さんはしかし――まだ夢と現実の境目にいるようで、うとうとしている。だからこんな私の姿をどこまで本気に捕えているかわからない。でも現実以下でしょうと、ほっと胸を撫で下ろしたその時だった。





「……お母様……?」





 彼の口を出た言葉に、私は再び止まる。
 鏡太郎さんの潤みを帯びた瞳は、さっき読んだ小説の主人公の、それに似ている。主人公が見ていたものは、幻想郷の住人達と、彼の母親だったような――





 どっと、私に秘められた母性愛が爆発したような気がした。





「……鈴花?」



 しかし次に出た彼の声色は、明らかに夢の世界を抜け出たもので、潤みを帯びた少年の瞳は今や消え、苦々しく眉根を寄せていて――私は母性愛なんかに構ってはいられなかった。忘れかけた冷や汗を流さずには――いられなかった。



「うわ、わあ!」
「きゃあああ!」
 二人して素っ頓狂な声を上げ、何歩か後進するのも同時だった。






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