「ほんとだね……お腹すいたあ」
「よっし! 合格祝いに奮発しようじゃないの、この幹飛さまが」
「あらそんなこと言っていいの? 高いの頼むわよ」
「美羽にはおごりませんよーだ」
 さっきまでのやりとりはどこへ行ったのかというように、いつもの三人が戻ってきた。あの応酬は、悲痛な叫びは、祈りは――決して消えたのでもなく、忘れたのでもない。瞬時に刻み込まれたのだ。もう、喜備が間違えることのないように。そして美羽も幹飛も間違えることのないように。
 喜備はふっと教室の入口に目を向けた。
 少し間が開いていた。きっとそこから外の寒さが流れ込んできて、ますます寒くなっていったのだろう、とぼんやり思い――目線を少し下げた。
 誰かが覗いていた。息をのんだ。誰と思うまでもなかった。
 利発そうな、つまり生意気なその目の形は――亮だ。
 目があったと認識する前に、その姿は無くなってしまう。
「亮くん!」
 二人がどう動いたか、思ったか喜備は全く知らない。何故なら喜備も彼を追うべく一目散に教室から飛び出していったからだ。二人も追いかけてくるようだった。
 どちらに亮が逃げたのかわからなかった。とりあえず一階昇降口に降りてみた。亮はもう、学校から出る所――門を出て右へ折れていた。靴を変え喜備は追跡を続けた。二人も同様だった。
 外は白とも灰色ともつかない雲が互いに混じり合った空模様を掲げながら、冬の寒さを依然として保ち続けていた。合格したというのに、まだまだ春を感じることは出来そうもない――亮を追いかけながら、喜備はそんなことも思った。

   4
続く
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