時は流れた。
 操は自分の中で気持ちの揺れを繰り返しながら曹に会いに行ったり、逆に会うのをやめたりしながら日々を過ごした。そればかりは操の強運でも一向に落ち着かなかった。この世の何もかも、運でどうでもよくなることばかりだ、と思っていた彼女は、例外もあったことに内心驚いていた。

 そんなことなんて、よく考えたら当たり前のことだというのに。

 曹の目の前に女性が座っている。客かもしれない、友達かもしれない。操はその度に逃げ出した。以前、遼に会った時や、伊予がいる時はこんなことはなかったのに、と操は自分の行動に嫌気がさす。曹は友達じゃないか。何度も操は自分に言い続けた。
 時を置いて戻ってみると曹は一人、いつもの笑顔で迎えた。その笑顔は友達なら誰にでも、客ですら与えられるものだろう。安っぽいものだろう。なのに操は喜んだ。

 彼が笑っているだけでよかった。その条件だけで二人はなんてことのない友達として会話が続けられるのだから。操は曹ではない。二人が重なる程、そんなに近くにはいない。体の温もりや皮膚の暖かさを共有しない。完全に独立した個人個人としていられる。自分の中で起こるざわめきも、操の心の黒いものも、全てが無垢に消え去る。至福の時間の象徴として彼の笑顔は燦然と輝いた。

 ――それは後から考えてみれば危うい線だった。一歩脱線すれば性急に、海で操が捕らえられたように、今度は操が、曹を捕らえてしまいそうだった。操はその線上を何とか無事渡ってこられた。そうして両親の墓参りをしたお盆も終わり、暑さも段々やわらいでいき、やがて九月になろうとしていた。






 曹が九月に開かれる、三国高校の文化祭に行こうと言う。操は賛成した。そして九月に入って、操は三国高校の校門を初めて通る。普通の私立高校だが、操の通っていた公立高校とは内装や設備やその他細かいことまでお金がかかっているようだ。さらに文化祭ということで派手な装飾や楽しそうなお祭りムードが操の心をくすぐった。操は久しぶりに、何の気兼ねもなくわくわくした。
 曹が来るまでまだ時間がある。操は遼に会いに行こうと思った。彼女は学校でもあのパペットをつけているだろう。何せあのパペットがなければとても真面目な高校生とは思えないほどの泣き虫に変貌してしまったのだ。おそらくそういう体質なのだろう。色々と無理があるにしろ、世界には常識外のことがたくさんあるからと、操は割り切った。たとえパペットを付けていないとしても、その泣き虫遼が高校でのスタンダートなのだ。何かおかしい。

 文化祭らしい楽しい喧騒の中で操は笑いを堪えながら、家庭科同好会の模擬店に入った。遼に会うのは久しい。夏休み中は祭の準備が忙しかったのか、二、三回程度しか会えなかったのだ。店に入った瞬間、遼がいて操と目を合わせた。そして両者は笑う。

「お久しぶりです」
「うん久しぶり。いい匂いね」
「クッキーですよ」

 遼は長い黒髪を結んで三角巾、エプロンをしていかにも模擬店という感じだ。操はすぐさま右手に注目した。しかし、パペットはなかった。操は真顔になって遼とまた目を合わせる。
「どうしたんですか?」
 遼は第一印象と同じく優等生タイプの高校生だ。目も顔立ちもきりっとしている。彼女は泣き虫のかけらをちっとも残していなかった。


 ――考えてもみれば、こうして文化祭で模擬店をやっているのだ。パペットなど邪魔になるから、外すのが普通ではないか。



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