花火は、夢を見た。



 もう何年前になるのだろう。そう昔ではない場面が朧げに再生される。
 自分と、二人の少年と、一人の少女。
 一人の少年は少女の家の下人。一人の少年は刀を大事に抱えた若侍。
 一人の少女は彼の許婚で、花火の妹。


 花火さん。
 花火。
 お兄様。


 三人が花火を誘って、村のはずれまで遊びに出掛けた時の場面だった。
 あの時、季節は秋だったか。妹が栗を拾おうとする。いがに包まれているものだから、自分がかわりに拾う。妹は礼を言って笑う。残りの二人にも分けてやる。
 今日は栗ご飯にするように言わなくちゃ。お兄様が遊びに来てくださったもの。ごちそうだわ。信乃さま、柿を取りに参りましょう。妹は無邪気に笑って走ってゆく。頭に付けた二つの花が揺れる。


 初めて妹と出逢った時の場面も再生された。村長の家の入り口で、花火であることを告げなかったのに、妹は解った。


 お兄様でしょう? お武家さまだもの――あなたの妹の、花依ですわ!
 ――あ、信乃さま! 聞いてくださいな!


 ――そんな調子で、花火が何かを言う隙が無かった。
 目まぐるしく展開した。あの時の季節も、秋だっただろうか。高い空と、鰯雲――。









 
 お兄様。私を――。
 私を殺しにきたんでしょう?




 
 花火が一番忌避したい場面が眼前に差し出される。どんなに嫌っても、どんなに避けようと、必ず浮かび上がり、花火を完膚無きまでに襲う場面。花火は目を覚まそうとする。しかし出来ない。ねっとりとして、重いものが、花火を圧迫する。

 お兄様、私を殺しにきたんでしょう?

 やめろと花火は心で叫ぶ。不逞の浪人に斬られた瀕死の妹は――夢の中の妹は繰り返す。私を殺しにきたんでしょう。私を殺しにきたんでしょう。花火は否定できないが故に辛かった。花火は妹を殺しにきた。自分の母親の仇である異母妹を花火は殺しにきた。

 最初は、しかし、最後までそうだったわけじゃない。

 違う。やめろ。花依、死ぬな。

 たとえ夢の中でどれだけ叫んでもやはり死人には届かない。


 やめろ。やめろ。
 それでも俺は生きねばならないのか!

 

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