(女の人、か)

 開君と同じような力を持っていた人。きっと、その男の人に恋をしていたんだろうけれど、利用されるだけされて捨てられて、そして絶望して、自ら死を選んだ人。

 このくらいの高さから飛び降りた?

(さすがに、高すぎるかな)

 マンションは確かに高いな、と思ったけどここ程ではない気がする。それでも人が死ぬのに十分な高さ。今はこうして部屋の中にいるからいいけど、窓も部屋も何も無くてただ床のみだったら、足が竦むどころじゃない。恐怖は生きているから感じられる。生きていたいから感じられる。
 命花さんはそういう生に繋がる全てを力と共に失くしていたのかもしれない。彼女のその恋は、多分最初で、そして最後の恋だったんだ。残念ながら、最悪の結果に終わってしまったけれど。
 彼女の顔や姿を知らない。けれど想像する。
 ベランダの柵に登って、風に飛ばされるように身を投げる姿。
(私も、開君にもし振られたら、死んじゃうのかな)
 変なことを考えるのはやめよう、と首を振る。開君に伝えに行かなければ、と少し窓辺を離れた。
 この話を聞けば、彼はどう思うだろう。もしかしたら開君はあの時、命花さんを見ていたのかもしれない。自分と同じような人だとどこかで感じ取っていたんだろう。私とは違う、彼に近しい人。

 運命と言っていた。
 運命。
 例えば開君は、その命花さんと一緒になるべきだったとか、そんなこと。

(やめやめ、変なこと考えない)
 ピアニストの彼女のこともあったからそんなことを考えてしまうんだ。首を振る。けれど、考えはまた別の形で私に揺さぶりを掛けてくる。葉島さんの話を聞いてからずっと危惧していたこと。
 彼も力を失ったら、死んでしまう?
(いや、だ)
 そんな結末は、間違ってる。
 でも彼だって、間違えてしまう日が来るかもしれない。
(いや! そんなのはいや!)
 もっと強めに首を振って、強く目を瞑る。
 早く、早く開君と話がしたかった。開君に電話をかける。彼が電話を取るのは遅く、待つのがひどく長く感じられた。まるで、深い深い穴に落ちていくみたいに。

back next

告知ページへ戻る
トップへ戻る

inserted by FC2 system