シンデレラ超特急



『おめでとうございます! あなたはS家主催の舞踏会に特別に招待されました!』

 もしこれが電子メールだったらさくっと削除してしまうのだけど何やら高そうな封筒と高そうな便箋で上品な感じがしたし、それにちゃんと消印まで押してある、やけに手の込んだダイレクトメールだったのでどうしたものかと考え込んでしまった。封蝋も、何て言うのか知らないけれど、ボタンのようなきちんとしたもの。シールではない。あ、でもこういうシールあるわ、雑貨屋のマスキングテープのコーナーの隣にあるシールコーナーで見た覚えあるもん。
などと思いながら、じっと手紙とにらめっこ。

『下記の時間にあなたをお迎えに上がる、当社が派遣する魔法使いの指示に従い下さい』

 魔法使い?
 やばい。ものすごくうさんくさい。

『最低限ではございますが、それなりにしかるべき服装をお召し頂く必要がございます。しかし決して高価なドレスや着物をレンタルなどして頂く必要はございません。当社選りすぐりの魔法使いがあなたに素晴らしい魔法をかけ、一夜限りではございますが、舞踏会に出席する誰もが振り返ること間違いなしの極上のシンデレラに致します!』
「ないわー」
 言ったきり言葉を失う。やっぱりこんなの、スパムメールがアナログな方法を取っただけだ。今時、滅多に聞かないけどいわゆる「不幸の手紙」だってまだ信用出来ること書いてくるはず。資源の無駄だし、それに何だって私みたいなどこにでもいるありふれたOL女に寄こしたって言うんだろう。いや本当に。肌のくすみは年々酷くなるしそのくせ化粧してもあんまり顔変わらないしデスクワークだから運動不足も酷くて何だか体が全体的に丸くなってきてるし髪だってボサボサだし生理不順だしついでに便秘気味だし。
 あ。つまり私が「ダメ」のサンプルとして一流に優れてるって言うことなのか。
 なあるほど、と笑顔を浮かべたのも一瞬私はベッドのクッションにダイブした。
 いやいやいや。虚しい。虚し過ぎる。一体どこの誰が暗に「あなたは粗悪品として優れています!」と書かれた怪しい手紙にホイホイ引っかかるって言うんだろうか。どこの駄目女よそれ。あ、駄目だから引っかかるの? 試されてるの私?
 ならば引っかからない。絶対に引っ掛からない。さっさと寝てしまって忘れてしまおう。





 そう決めたはずなのに、数年前友達の結婚式に着ていったきりの、決して派手ではないけど地味過ぎもしない、深いブルーの礼服以上ドレス未満の服を着て、私は指定の時間、指定の場所でその「魔法使い」とやらを待っていた。近所の児童公園の寂れたベンチに、くたびれた女がただ一人。ああ、聞こえる。失笑が漏れ聞こえてる。愚かな私を俯瞰しているもう一人の私の声が何と痛いことか。それはやがて冷笑になる。ざくざくざく、私の心を突き刺す私自身。本当に、私は何してるんだろう。
(でも、でも。魔法使いが来れば)
 何を馬鹿なことを信じているんだこの女は。私の声で、そう聞こえる。
 だけども来ない。五分、十分、三十分と経っても来ない。いや、来たところで暴行して金品を奪ったり強姦したりする奴らだとしたら? その可能性を考えなかったわけでもないはずなのに、何で私はここに来ているんだろう。本当に。絶対に引っ掛からないんじゃなかったの? 今時こんなの幼稚園児だって引っ掛からないわよ。
 はあっと大きく息をつく。俯瞰する私と私が重なった。帰ろ帰ろと重い腰を上げた。やっぱり誰かをからかいたいだけの悪質な手紙だったんだ。がっくり肩が落ちる。自分の愚かさと惨めさと不運さに呆れる気力も消耗してしまった。
 そんな私の目の前を電車が横切った。

 電車。電車?

 公園に遊具になるようなちっちゃな電車もなければ線路も敷かれてない。在来線もJR線もずっと向こうの方にある。なのに今私が見た電車はちゃんと人が何十人も乗れるような実物だった。風を切って私の髪を揺らしたし轟音も勿論聞こえたし、車内は煌々と灯りがついてもいた。それに一瞬だったけれど新幹線や何とか特急みたいにやたらと格好良い車体だっていうのもわかった。
 幻を見るにしても何でこんなものを見なきゃいけないんだろう? しかも、それを見続けている。一瞬の、ふっと消えるような幻じゃない。連続している。まるでここがホームのように電車は走り込んで来て、緩やかに動きを止めていた。
そう、いつの間にか公園の景色は消え去っていて、私はどことも知らないプラットホームに佇んでいたのだ。
「お迎えに上がりましたー!」
 目の前の扉が開き、車掌らしき男の人は出て来るなりそう満面の笑みで告げた。何故か胸の前にぶら下げたカメラを大事そうに持って。
「僕が今回のお客様を担当します魔法使いですー」
「はっ?」
「ですから魔法使いですー」
 しかしそう言ったきり碌な説明も無しにその電車から降りると、たたたたと駆け出して車体全体を舐め回すように見始めた。はぁ、と彼は感嘆の息をつく。目がきらきらしている。――長い時間魔法使いを待ち詫びていた人はさてどちらでしょう、と問われたら多分九割九分の人が彼を指すだろう。残り一分の人にちょっと感謝したいけれどそもそも私を選んでいないかもしれない。
 ああ、と熱い息をついて身をくねらせるその動き。オネエっぽい、って言うんだっけ。
「このボディの艶めき、曲線美、ラインの鮮やかさ! 筆舌には尽くしがたいです」
「あのー、魔法使いさん?」
「一生目にすることは出来ないと思っていました。ああ、触れたい……だけど触れることすら惜しいっ! 一夜限りのシンデレラである君に指紋など、惜しいを通り越して畏れ多い!」
「あの! シンデレラは私じゃないんですか!」
「ん? あ、すみません」
 つい熱中してしまいまして、と言いながら私の方を向きもせず電車に熱烈な視線を今もなお飛ばしていた。
「お客様もわかるでしょう、この特急サンドリヨンの輝き」
「は、はあ?」
「機能美と造形美を極め、同時に極上の乗り心地も追求した最高の特急の一つとして数えられています。貴賎を問わず老若男女から、勿論鉄道員や乗務員からも長く愛された車体なのですけれど、残念ながら世界情勢の不安、及び特急利用客数の大幅な低下に伴い、廃止の憂き目に遭ってしまった悲劇の電車姫なのです」
 今にも泣き出してしまいそうな目でその特急なんとかリンを見る魔法使いさんには悪いけれど、だから何? と言う気分。電車姫って。
「乗り物……なわけだからつまり、これがシンデレラで言うとこのカボチャの馬車なわけね?」
 カボチャだって! 魔法使いは怒りの形相でこちらを振り返る。
「とんでもない! わからないんですかこの美しさが!」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃなくて……」
「そりゃあこれは本物でなく、僕の魔法で出したどうしようもないまがい物でしか無いのですが……」
 ですがですがですが! ものすごい勢いで迫られて私は当然のけ反る。鼻息荒い、気持ち悪い。
「僕は研究に研究を重ねて、内部構造から発車のメロディ、車内販売、車内広告、トイレやごみ箱に至るまで正確に再現したつもりなんです! この特急に乗れば王子様が百人どころか千人も釣れるでしょう。男は皆このサンドリヨンの虜になるのですから」
 そりゃ電車が好きな男に限定した話じゃないの。何だかげっそりとしてきた。
「あのー、他の魔法はないんですか?」
「すみませんお客様。実はこのサンドリヨンを復元するのに魔力をめいっぱい使ってしまいまして」
 いやいやいや、と垂れ流したくなった。サービス業をなめているとしか思えない発言。魔法使いだからって何でも許されるわけじゃない。
「じゃあ、ガラスの靴もないんです?」
「残念ながら。でも常識的に考えてみてください。ガラスなんて素材が靴に適していると思いますか? ないでしょう。ただでさえも靴選びは難しいっていうのに。それにお客様だってそれほどガラスの靴が履きたいわけじゃないでしょう」
 なるほど一理あるけど常識的に考えれば魔法使いがいることがまずアウトでしょうが。靴より毒を吐きたい。「はき」違い、だけど。
「それでは舞踏会へ、出発です!」
 言うなり彼は電車内に乗り込んで真っ先に運転席まで駆けていった。魔法使いと電車に圧倒されてやや忘れかけていたけど、そうだ。私は舞踏会に行くんだった。なんて、非現実に結構順応している自分が怖い。でももしかすると――瞬速で流れる、どことも知れない空間を頬杖突きながら眺め思う。舞踏会はそれなりに楽しめるものかもしれない。ここで面食らっている分、プラマイゼロになるんじゃないかと。

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