でもそれは甘い考えだった。
 舞踏会会場は絵本の中のお城そのまま、いいや、ハリウッド映画でもこのクオリティは出せないんじゃないか。言葉を失う程豪華な出で立ちだった。大きなシャンデリアは勿論、赤絨毯が広がる大広間に集う人々もまた然るべき階級の紳士淑女達ばかりで、ドレスを着ていない私は正直花束のカスミ草にも劣る存在だった。王子様らしき人は見つけた。結構沢山いた。でも私よりもずっとお姫様然とした人も大勢いて、私は彼女たちの今まさに展開されんとするシンデレラストーリーを遠くから見つめることしか出来ないでいた。
 私はひょっとすると雑草よりもひどいかもしれない。
 そもそも私は何を期待してこんなところに来たって言うの? 私みたいな奴に王子様が来るわけがない。だって、何の嫌がらせかあんな電車オタクな、ろくに魔法も使えなさそうな魔法使いが来るんだもの。私の人生を表すおみくじがもしあるとして、たとえ大吉を引いていたとしても、待ち人の欄には良いことなんかきっと何一つとして書いていないんだ。私の人生はきっとそういう風に定められているんだろう。そうだ。私はこの年になっても、付き合った男の人なんかいない。かと言って、王子様を求め続けていたわけでもない。

 まったく私は何をしに来たんだろう。

 自棄になってビュッフェの料理を食べれるだけ食べて、満たされた腹を撫でながら階段をのんびり歩いていく。靴は安物の割に履き心地が良くて、たとえ急いで降りていったとしても決して脱げることはない。ガラスの靴とは違う。そう。私はシンデレラじゃない。誰も私を、追いかける人はいない。






 十二時までたっぷりと時間はあった。魔法使いは写真を撮ったりただ車体を眺めたりして、恍惚とした、おそらくは二度とはない時間を過ごしているようだったので、私のあまりに早い帰りに不満を露わにした。こんな奴に遠慮する必要は無い。どうせ一期一会だ。唇を尖らせ大仰にため息をついた。招待された者が感じるはずだったロマンスやときめきを何でこいつが感じているのだろう。私より女子力高いのかな、その所為かな。うん、多分そうだわ。
 十二時を過ぎればきっとこの電車は消えてなくなる。本当に、どっちがシンデレラなんだろう。
 舞踏会から、私達はものすごい速さで遠ざかっていく。
「ゆっくり帰りましょう。もったいない、最後の走りですもん」
 自動運転に変えたのか、彼はこちらにやってくる。
「何だゆっくりだったんだ」
「それでもすごい速さでしょう」
 私が座るボックス席の隣のボックスに腰掛けた。彼の横顔は確かに悲しみが伺えるけれど、その悲しみを軽く乗り越えるかのような微笑も浮かんでいた。最後だからこその充足感。多分走行中の音とかも楽しんでるんだろうな。電車の速度と彼のことを考えると、苦情なんか言えたものではない。
 はーあ、と形だけのため息をついてシートに身を沈める。そして思ってもないことを呟く。それも形だけ。意味なんて無い。
「せっかくの幸運だったのになあ。あなたには悪いけど、別にこの電車一つあったからって、王子様とロマンスが生まれるわけじゃないし」
「せっかくの幸運」
 そう言いますが、と彼はこちらを向いた。肝心なことは出来ないで、何でこんな言葉に食いついてくるんだか。

「こんなのは別に幸運じゃないんです。僕みたいなのがお客様の一日をこうして滅茶苦茶にしてみたところで、それも不運ではないんです」

 彼は元の方を向き直した。
「結局は何も為さなかった結果でしかなくて、お客様のその嘆き、それは大勢の人にとってはただの愚痴でしかないんです」
 音がする。全てのものが遠ざかっていく。
「運は確かに重要な要素ですが、運があろうと無かろうとこういうことはままあり得ることです。でも、それが不条理だろうと不幸だろうと不運だろうと、呼び方は何でもありますが、結局は全て結果でしかないんです。そしてそれを受け入れていくしかないんです。この電車はそれを受け入れたんです」

 そして無くなっていったんです。
 こちらを向き、彼は何故か一つ微笑んだ。私は何も言えないでいた。

「電車に乗る人がいつも同じ人ばかりではないように、毎日だってそれぞれ違うんですから、そしてそれを受け入れていくことに意義があるんでしょう。それが人間ですね。少なくとも僕はそう思います。お客様にとってはどうでしょう。違いますか?」
 問われても、何も言えないでいた。それはすなわち彼を肯定しているも同じだったろう。

 そう。そうだ。私は何もしないでいた。それなのに何かを信じて、そして破れた。そんな私自体が結果としてここに残っている。

 それだけ。

「さあっラストランの心地よさを思う存分、時間いっぱいまで満喫してしまいましょう」
 そのことに気付くと私は何だかどっと疲れるのと同時に妙な心地よさを得ていた。そうしてシートにますます身を委ねていく。眠る時と同じなんだ。はあ、と出るのは精神的な嘆息か生理的なため息か。別にどっちでもいいや。投げやりにそう思う。私は多分これからもそんな風にして人生をやり過ごしていくんだろう。
 そう、今はそれだけ、思うだけ。あの手紙が来て今こんな風に魔法の電車の中に身を沈めているように何が起こるかなんてわからないし、私がそれを起こすのかもしれないのだから。
 隣の魔法使いも同じようにシートに深く身を寄せてうっとりとして、満足げに微笑んでいた。こいつみたいになれたらな。私はそんなことを考えていた。こいつみたいになれたら、こいつみたいに自分の好きなことを追求して目を輝かせて、それで他人に迷惑をかけても平気でいられたら、他人の生き方や生活や背景に無頓着で、あるいは何事にも達観していられたら、どんなに世界は違って見えるだろう。多分そんな生き方は正しいとも間違ってるともつかないんだけど、私はこう思った。

 なんか、ちょっとだけ、羨ましいな。

 思うだけ、全部、思うだけ。
 あーあ。私はあくびして目を閉じた。あーあ、本当にもう、あーあ。

(了)

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