音宮さんと手を繋ぎながら、屋上への階段を駆け上る。笹興にかっとなって、咄嗟に手を繋いでしまった。全く自分のことながら突然湧き上がってとんでもないことをする行動力には本当唖然としてしまう。だけど彼女が手を放さないものだからこれまた調子に乗って、人ごみにぶつかって解かれても、また繋いでいる。
 階段を駆け上る所為で動悸が激しくなる。勿論音宮さんとの触れ合いの所為もある。どくんどくんと脈打つ度、俺達の追う二人の姿が脳裏に浮かぶ。逃げだした奇跡。そう思う。


 二人が別の世界から来た。それはそもそもまだ仮定に過ぎないし、んな馬鹿なと思うけれど、そうあるとすればまず奇跡だ。しかしそれ以上に、志摩子さんが俺と、ミツが音宮さんと出逢ったことで俺達は出会い、この最後の文化祭を楽しみ、こうして手を繋いでいるということが、何よりも奇跡だった。その奇跡が逃げだし、終わろうとしている――それが暗示しているのは、俺達の、俺と音宮さんという関係の終わり、だった。


 それが嫌だった。それを振り払いたいから彼と彼女を追っているのかもしれない。いや、勿論……彼らが死にゆく世界へ戻る、別れもなしに、というのも嫌だった。俺は日本史をよく知らないが、二人に待つのは多分、死別という悲劇だった。二人が浮かべたあの表情。自分が死ぬこと、これからどうなるか、まるで全部わかっているような――。
 それを見て、二人の最後を知っていて、そのまま何も言わず別れることは出来ない。今日一日の思い出が、俺と音宮さんだけでなく、志摩子さんとミツも繋ぐ。出来ることなら引き留めたかった。


 今日という日が終わらなければどんなにいいだろう。何度も思ったそれが再び首をもたげてくる。俺と音宮さんも別れることはなく、志摩子さんとミツが消えることもない。
 だけど、時は過ぎる。もうすぐ後夜祭が始まって、日が変わって、文化祭の後始末があって、受験勉強があって、卒業式がある。……俺達の学園生活はまだ少し続いていくが、音宮さんと一番接近しているのはこの日かもしれない。そういう意味で、やっぱり、南堂の言った通り最後の日だった。


 終わりたくない、だけど時は進む。日は続く。
 どうすればいい?


 俺達は屋上へと続く扉の前に出た。橙色の夕日が漏れ出ている。太陽は沈んでゆく。
 逡巡しながら、俺はドアノブを回した――

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