今日の日差しは冬にしては強く、寒さもそれほど気にならなかった。吹く風に、今までとは違う香りと温もりを感じ取る。こんな時に、ああ、もう冬は終わるんだと喜備は思う。この前は亮の誕生日だったが、桜前線がゆっくり上昇する頃に、喜備は一つ歳をとる。
 三国駅はそれでも、いつも通り寂れていた。テストは無事終わり、三年生はもう一足早い春休みに入ってしまった。卒業式までは一カ月近くある。
「喜備。なあ、喜備ってば」
 その為、昼下がりのホームも人が少なかった。喜備一人のホームに、聞き覚えのある声がして振り返る。亮だった。喜備がプレゼントした帽子を被っていて、それはもう何べんも被ったように、彼に馴染んでいる。
「亮くん」
「どしたの? 学校、もう休みじゃないの」
「ああ、えっとね、進学の書類とか、提出するものあったから来たの」
 そっかと、亮は遠慮なく喜備の隣に腰かけた。
「亮くん、学校行かないと。みんな待ってるよ」
「今日寝坊した」
「昨日はどうしたの?」
「……明日から、ちゃんと行くよ」
 心配すんなって、と亮は持っていたコンビニの袋から何かを取り出した。見覚えのないアイスだ。新製品か何かだろう。包みを開いて一つ串に刺すと喜備の目の前に出す。薄い肌色の氷菓が喜備に食べられるのを待っている。喜備はいただきますと軽く両手を合わせて食べてみた。桃の味がした。
「おいしい」
「春の新商品なんだぜ」
 冷たい食感に頬をほころばせながら亮は嬉々として今春のアイス新製品の情報を教えてくれた。喜備は目を細めながら、こんなところは本当に子供だなあ、と思っていた。
 まだ電車は来ない。
「あのさ……「あの喜備」のことなんだけど」
 喜備はどきりとする。あの声が初めて聞こえたのは、ここ、三国駅でだった。
「こんなこと言うの悪いかもしんねえけど、もし心配なら、どっか病院とか――」
「やめて」
 強い調子で口を飛び出したそれに自分でも驚き、喜備はごめんとうつむく。しばらくの間互いの呼吸の音だけが静かに聞こえた。やがて話を始めたのは亮だった。
「ごめん。……でも俺の所為だと思ってるんだ。俺がくだらねえ意地張らないで、素直になっとけば、あんなことにはならなかったんだから。あ、心配すんな、費用は全部御法家が持つし」
「亮くん……ほんと、ごめんね。怖かった、よね」
 ふるふると亮は頭を振る。
「気にすんなよ。さっきも言ったけど俺の所為なんだし」
「そんな……」
「だって、俺、今まで……友達を持ったことなかったし。
 ……それに、認めたくねえけど、やっぱり、『子供』なんだから。――あ、言っとくけど『逃げ』の方便じゃないぜ、これは。仕方、ないんだ」
 言い終えてから向こう側のホームを見つめる亮を、喜備はまじまじと見た。その頬は軽く膨れていた。

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