そうこうしているうちに小学生の時は楽しく流れ、夏休みが始まった。少し遅れたが、ケン・アンダーソンと浅倉夫妻を調べるようにと亮が手配をしたのは、アブラゼミの鳴き声がもはや定番となりつつある八月の初めだった。こう遅くなったのは、悩みに悩んだからだったと、亮は思っている。
 その一方で、亮は亮なりに遊んでいた。小学四年生の身分をフルに使って、その年の男の子らしく元気に遊んだ。ケンとも一緒の時が多かった。それは自分の後ろめたさを必死で隠すためだったかもしれないが、一概にそうではないと亮は信じたかった。


 海や市営プールへ元直とケンとで入りに行ったりし始め、亮は次第に健康的に焼けてきた。そんなある日のこと、ケンは外国人の子供を学校のプールに連れてきた。
 ケンより少し小さく、獣の毛のような銀色の髪で、黒縁の眼鏡をかけている。青白い瞳で、睨むように亮と元直を見ていた。迷惑なものを見る目だ。亮は少し唖然とした。元直も呆気にとられている。
「ALTのせんせーの息子さんでね、エリック・エリクソン君だよ。
 まだ保育園のねんちょーさんでね、僕の弟分なんだよーっ」
「名前が、なんか面白い……」
「駄洒落か?」
 というとますますエリックは二人を睨んだ。いや冗談冗談と元直は幾分怖がりながら苦笑した。
「りっくんだよ」
 エリックは口を開けまいというようにきゅっと真一文字に結び、ケンの右手をぎゅっと握っていた。人見知りが激しいのだろうか。
「日本語できるの?」
「できないよ」
 出来ないものの気持ちはわかる、だからきっとみんなにもわかる、という風に聞こえる明るい声でケンは答えた。はたしてケンはエリックの心境をどれだけ察しているのだろうか、それこそ察してくれというようなものだと亮は苦々しく思った。
「あ、でも俺英語できるから」
「さすがだな亮」
 ということで亮はエリックに簡単に自己紹介した。エリックは、

「……おうちかえりたい……」

 とだけ言った。やれやれ、と肩を竦めずにはいられない。この少年とはどれだけ仲良くなれるのだろうか。
「りっくん泳げるようにしようと思って無理やり連れてきたの!」
「無理やりかよ」
 ケンは無邪気に笑ってエリックをぶんぶん揺らした。ケンの無邪気で無節操で無量大数なエネルギーの前には同じ欧米人でも逆らえないらしい。亮と元直は苦笑いを浮かべた。
 その日はエリックの水泳練習をしながらプールの閉鎖時間までのびのびと水遊びをして過ごした。じりじりと肌に強く差す日差しは、そうやって楽しく遊ぶ亮たちを羨ましがっているように思えた。帰りは遊び疲れてうとうとしているエリックを亮がおぶるくらいには、互いに親しくなっていた。オレンジ色の夕焼けが浸す少年時代の夏の道を、アイスキャンディーの棒を捨てられず口に含んだまま、子供たちは夜に向かって歩いた。




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