出会いはそのようにあっさりしたものであった。
 しかしケンの方は、たった一言二言話しただけの上級生の存在を覚えていて、廊下、階段、校庭、運動場、鯉の泳ぐ石の池、人工的に作った虫の寄る池、ウサギ小屋、そして裏庭の花壇群、教室から覗ける花壇群でたびたび亮のことを呼んだ。そのような学校の至る所で亮は白い肌の彼の姿を確認した。彼は噂通り、また初対面の時と同様に西洋の人形のような服を度々着用していたため、亮とケンは周りのクラスメートから好奇な目で見られることがよくあった。




「いつの間に仲良くなったんだよ」
 元直がやけににやにや顔を歪ませながら言う。あまり学校に姿を現さなかった亮と仲が良かった元直は、ケンに亮をとられたようで内心面白くないのかもしれない。顔は笑っているけれど。
「いや、俺もわかんね。一年生だから人懐こいだけだろ」
 そんな遊んでないしな、と亮は肩を竦めた。
「なんであいつ女装してんだろうな」
「男子のかっこしてる時もあるぜ。仮面ライダーごっこもしてるし」
 無論ヒロインでは無く、ケンがライダーというところに面白みはあると亮は考えていた。
「近頃は変な親が多いもんな」
「何だ? 元直のとーちゃんとかーちゃんは変な奴ってことか?」
 ばーか、ちげーよと言いながら元直は廊下を理科室に向かって駆けていく。気持ちのいい初夏の室内風が吹いて、亮の幾分長い髪を弄ぶように揺らした。





 五月もあっという間に半ばを過ぎ、六月が来た。最初はそんなに梅雨らしい雨の日は無かったものの、すぐにどんよりした幽霊のような雨の日々が続いた。
 そんな日々の中で、喜備と亮と、彼女のある友達に関する心配事が起こったのだが、何とか無事に一件落着を得る。思い出してみると、まさに雨降って地固まるの展開だったと、当事者でもある亮は自分の立場は忘れて妙に感慨深くなる。その日々からしばらく雨の日はまた続いたが、晴れ間も見えるようになってきた。その晴れは、次に待ちかまえる季節がうずうずしてつい顔を出してしまったような、新鮮な暑さがあった。

 そんなある晴れの日ことである。授業は四時間目で終わりだった。亮は元直を含む友達からゲームセンターに行かないかと誘われたが、大学に遊びに行くといって断った。昼食は三国大学の食堂で食べようと思っていた。中央食堂の隅のテーブルに、面識のある三人がいて、その三人とランチタイムを過ごすのは、意外にも楽しいからである。
 携帯電話を左手でぽんぽんと軽く投げて弄ぶ。亮は左利きだ。
 生徒玄関の右端の扉を過ぎると、高い声で

「あ! 亮くんだ!」

 と呼ばれた。ケンである。
 彼は今日もガーリーな装いだった。新緑のカットソーとデニムのスカートが、他の女子よりもなんだか眩しく見える。
「よお。どうした」
「亮くん亮くんボクんち行かない?」
「おまえんち?」
 うん、とケンは大きく頷く。変わらない、満天の笑顔だった。亮は電話を軽くトスし続けている。キラキラ輝く碧眼と、意外と高くない鼻と、夏に栄えそうな金の髪。ケンの持つ要素を一つ一つ目で確かめていくのは面白かった。玄関内で飼っているインコがピチチチと鳴いていた。
ばああっと狭い檻の中で羽ばたく音を聞いたとき、

「いいぜ」

 と亮は言った。

1  
みくあいトップ
小説トップ

inserted by FC2 system