琴路はともかく、何だか全てのものがよそよそしく感じられた。憂鬱が晴れないのはその所為だろう。今日は姫美も仕事でいなかったから、知っている人がほとんどいなかった。別に記憶喪失になったわけじゃないけど、本当にここに通っていたのかどうか、何とも不思議な気がした。でも、私がここにいたのは、考えて見ればたったの二ヶ月程度。無理もない。
「ねえ琴路」
 黙ったままでいるのも悪いと思ったから、語りかける。
「浦島太郎もさ、私みたいに呆然としてたのかなあ」
 静ちゃん。そうぽつりと呟いたきり琴路も黙ってしまった。
 違うところも多いけど、似ている。竜宮城から帰ってきた浦島太郎もこんな気分だったんだろうか。周りが知らない人ばかりで、何もかもが変わっていて。
 でも私は竜宮城に行ってたわけじゃないし、玉手箱なんかも勿論持っていない。鶴になってここから逃げることは出来ない。体は二年歳をとっていても、精神的に二年一気に歳をとることは出来ない。例えば二年分の思い出を無理やり作って、詰め込むことは難しいだろう。
 結局はこう言うことだ。
 私は私。私でしかない。
 私にしかなれない。
「ま、しょーがないっか」
 沈黙に耐えかねて私は大きく溜息をついた。重苦しいものじゃない。むしろ解放された、すっきりとしたもの。
 そうだ。私は私。だから頑張るしかない。
「そうだよ静ちゃん」
 言外の想いを察したのか、ぽんと肩に手を乗せる琴路。ちょっとずうずうしい気もするけど、まあ許す。今、一人じゃなくて良かったと思ってるから、気分は良いのだ。
「むしろ僕的には記憶喪失とかになってなくてホント良かったよ」
「あ」
 琴路にそう言われて、ぴんと来た。ぱちぱちと目を瞬かせる。
「忘れてること、思い出した」
「何? お金の貸し借りとか?」
 そんなつまんないことじゃないよ、と首を振る。
 そこそこ、重要なことかもしれない。私が事故に遭った原因かもしれないこと。
「何に悩んでたか……忘れた」
 でも忘れてしまっているなら、結局はそんなもんなんだろう。確か、所属してたテニス部でちょっと嫌なことがあったような、そんな程度、概要にもならないようなことしか覚えてない。
 琴路は、優しく笑う。
「……思い出さなくても、いいよ」
「ちょっと。見下ろさないでくれる」
 すっかり大きくなってしまった琴路に、背がこれ以上伸びない私はけれどもどうしようもないわけだから、不機嫌上等とばかりに口を突きだして精一杯睨んでやったつもりなのだけど、それすらもふんわりとした、満足そうな微笑みにいなされてしまう。
 やっぱり釈然としなかった。二年の間に、どうしてこんなに大人びてしまったの。ずるいよ、そんなの。お返しとばかりに不機嫌な顔そのままだあっと駆け出すと、待ってよ静ちゃんと慌てた声が聞こえた。と言ってもすぐに息切れして低速して追いつかれちゃったから、胸がすかっとしたのはほんの一瞬に過ぎなかったけど、私はここぞとばかりにへへん、と笑ってやった。
 何だか、久しぶりに心から笑えたような気がした。


 ともかく、私の十六歳は週明けの月曜日からもう一度始まる。本当は、十八歳だけど。釈然としない気持ちを抱えながら、私は私なりに生きていくしかない。うるさいけど、琴路もいることだし。
 そう思いながら、二人並んで帰路についた。


 ――だけどまさか、思いもよらないことに巻き込まれることになるなんて。
 コンビニの肉まんとピザまんを二人で買い食いしながら歩いているその時には、本当に全く、これっぽっちも想像していなかった。

 
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