夢の始まり、今の在り処
僕が少女の額から頭全体を撫でると、くすぐったそうに目を細めて、くすくす笑いながら少女は掛け布団を鼻先まで引っ張った。抱きしめているのはテディベア。少女は子供だ。体温は高い。僕の温まった掌と同じく、抱擁されるテディベアも少女の熱に浮かされているのかもしれない。
少女。僕の愛する人。
それじゃあおやすみ。僕は出来るだけ甘やかにそう言ってちょっと布団を整えた。ふわふわで暖かな素材。どことなくアンティークな造りのベッド。パステルピンクの色調と絵本に出てくるお姫様が微睡んでいそうな寝台がどんな女の子の目も引くだろう、少女お気に入りの寝床だ。
おやすみなさい。そう少女は返すかと思われた。
「ねえ、今日は夢をみれるかなあ?」
子供なんか、大人と違って記憶力がいいのだし、夢しか見ないような気がする。そんなことはおくびにも出さず、見れるさと微笑みながら暖かな頬に触れる。
「あなたも、夢をみる?」
沈黙を飲み込む。布団に顔を隠しながら少女は返答を待っていた。返事に困って、曖昧に誤魔化すようにもうおやすみ、と彼女の両目に手で優しく蓋をする。ずるい逃げ方だ。少女はすんなりと眠りに就く。きっと子供だからだろう、やすやすと別の世界に行ってしまう。
僕の夢はここだ。僕はいつも夢を見ている。
僕の愛する人が永遠に成長しない少女であるこの夢。
だけど僕は嘘をついている。僕はもう一つ夢を見ている。
本当の夢の時間。僕が眠りに堕ちている時に見るヴィジョン。夜の夢が真ならば、それが僕の真実なのかもしれない。
ほら、ほら、見えてくる。
「いらっしゃい、あなた」
眠りにすとんと溶けていって、数秒もしないうちに僕は辿り着く。一人の女性の元へと。少女と瓜二つながら円熟した女性の魅力を余すところなく香らせて、彼女は僕を手招きする。中空に浮いた彼女と共に、僕は空を駆ける。そこで愛を語り合う。睦み合う。情を交わすこともある。
そんなことをしている内に、彼女はとても大きな存在であり、僕は小さな存在であることがまざまざとわかってくる。いつも、どんな夜だってそうだ。彼女は僕の世界全てを覆う。僕がどんなことをしようと必ず先回りしている。そうして不気味な何かを孕ませた無垢にも近い笑みを僕に向ける。
大きな存在。僕の母にも似た存在。
まるで胎児が窮屈な子宮の中にいるのと、それは酷似している。
「あなたも、夢をみる?」
少女が不意に問いかけた言葉が、果てしなく求め合う僕と彼女の嬌声の中で耳の底から聞こえてくる。少女は夢を見ているのだろう。ならばどんな夢を見ている? まさかこの夢? 僕は少女を犯しているのだろうか。そう。そうだろう。だって母のように僕を包み縛る彼女は少女の成長した姿なのだから。
僕は彼女を汚したくないのに、どういうことだろう。あらゆる欲望で汚している自分がいた。そしてそれを甘美に享受する少女であったはずの彼女もここにいるのだ。
僕の夢の始まり。
僕が見ている夢は夢でしかないのだと残酷に断言する、現実の続き。
終わりは、どこにあるのだろう。どうやって、終わらせればいいのだろう。
僕はどこで生きてきたのだろう、生きていけばいいのだろう。
どちらの彼女を、選べばいいのだろう。
無垢な少女か、母に近き女性か。
僕の生きるべき今は、どこに。
何度も僕と彼女に寄せてくる恍惚の中、僕は二つの夢に挟まれた自分の続きを、僕が生きるべき本当の現実をただただ、求めていた。
(了)