隣のサンタクロース


 私のおじいちゃんはサンタクロースだった。これは本当だ。それもただ仮装してるやつじゃなくて本気でトナカイを駆使して空を飛ぶサンタだ。このサンタは世界各国にいて、空からその国中に希望を振り撒くということをする聖職に近いものらしい。
 私は昔、お母さんと暮らしていたけれど、病気で亡くなって、唯一の身内であるおじいちゃんの所へ来た。雪の深い、北欧の小さな国だ。おじいちゃんはお母さんとそっくりな、雪に映える青色の優しい瞳と微笑みを持っていた。それで私はすっかり打ち解けてしまって、おじいちゃんがそんな魔法使いみたいなサンタだと知っても受け入れたし、私も勉強しておじいちゃんの跡を継ごうと思った。


 そんなおじいちゃんが今年亡くなってしまった。私はまだ若いし、同じくらいの年齢だけど私より腕の立つ、近所のルドルフがしばらくおじいちゃんの代わりを務めるんだろうと思ったら違った。ルドルフはむっつりとした顔で「おいニコル特訓だぞ」と、ぬくぬく暖炉の傍であったまりながらおじいちゃんのいない寂しさにひっそり身をやつしている私を引っ張ってトナカイの群れに放り込んだ。
 トナカイ達は私のことを完全に舐め切っていて全然言うことを聞いてくれなかった。ルドルフの言うことはおそろしく聞いて統制は見事に取れている。絆の深さが全然違うように見えた。ちくしょうルドルフ、鼻は赤くて潰れてるくせに。そのくせ、よーく見たらかなりの美形のくせに。なのに街や都会に降りようとしないでここでトナカイさばきを磨いてどうするのよ、と心の中で何回毒づいただろう。
 躍起になって私は腕を磨く。トナカイ達を宥め、暴れ馬のそり(そりなのに意志がある!)を微々たる特別な力で浮かして(魔力ではない。聖職だから奇跡の力?)頑張った。私だっておじいちゃんの孫だもん。ルドルフは全然関係ない。


 空を駆けながら――私の言うことをみんな聞いてくれないのは、おじいちゃんがいなくなった所為かも知れないと思った。トナカイもそりも、みんな、私と一緒で寂しいんだ。しゅんとする。ルドルフも、おじいちゃんとすごく仲が良かったし――サンタだと知っている時点で相当のものだ――寂しくて悲しいのもあるけど私の代わりに跡を継ぎたかったんだと思う。だから関係ないのにトナカイの扱いにたけていて、どういうわけか知らないけど力を得ているからそりだって飛ばせる。
 私は、サボっていたわけでも、生半可だったわけでも、決してない。おじいちゃんの跡を継ぐのは自分だと思っていたし誇りだった。だけど、今年は違う、ルドルフが全部やるんだろうとのんびり思っていた私の姿は、ルドルフには一体、どう見えただろう……。
 私は知っている。彼の優しさを。おじいちゃんがこの世を去った夜、泣いている私の傍にずっといてくれたこと、嫌なことがあった時、いろんな愚痴をただただ聞いてくれたこと、どうでもいい嬉しいことも、ちゃんとよかったなと言ってくれたこと。毎年のクリスマスには、プレゼントもちゃんとくれる。いつも、小さなキャンディーとかぬいぐるみとか、些細なものばっかりだったけど……。


 いろんな想いを巡らせている内にクリスマスの夜がきた。イブの夜からクリスマスの朝にかけて希望というきらきらした、家の庭に植えられているもみの木に何故か成っている木の実をすりつぶしたもの、を播く。前日の内にすっかりすり潰しておいて袋に詰めて、私はサンタの衣装に着替えて、そりに乗る。トナカイ達はやっと私を認めてくれたようで、それでもちょっと舐めているようにふんと鼻を鳴らしている。
「ニコル」
「なに? ルドルフ」
「俺も乗る」
 目を丸くする。返事も聞かず彼は私の隣に腰掛けてくる。
「え、何で?」
「お前まだ上手く運転できねーだろ。顔赤いぞ」
「あ、赤くなるよ! 寒いもん」
 トナカイ達はしかしルドルフの参加に嬉しそうだった。しゃんしゃんと首にかけた鈴が鳴る。それに合わせて雪が降ってきた。ルドルフの赤い鼻がますます赤くなっていく。
「乗ったら悪いのかよ」
 私ははかばかしい返事が出来なかった。ルドルフのおじいちゃんへの、サンタへの想いを裏切れなかった。もしかしたらこれが、彼の最初で最後のサンタクロースとしての務めかもしれない。
 二人で手綱を持って、飛びあがる。
 この国中を一晩で巡る。小国とはいえ国だから、結構時間も力もかかる。交替交替で希望を散らして、運転する。その為なんとか一晩で巡り終えそうだった。希望は雪と共に落ちるが、途中光になって地に落ちること無く消えていく。沁み渡っていく。聖夜に眠る人間の心に。


 私達の心にも。
 おじいちゃんが毎年毎年、何十年もずうっとずうっと行ってきた聖なる行事。
 ルドルフがずっとずっとやりたかったこと。
 私がずっとずっと、やっていくこと。
 希望だけじゃない。寂しさや、切なさや、決意が込められた光は、私達の心に収まる。


「来年も一緒にやろうよ」
 そう言うと、ルドルフは意地を張って断るかと思っていたけど、素直に、それもいいかもな、と言った。
「お前独りじゃ絶対無理そうだし」
「そんなこと言うなら、やらせてあげないよ」
「いいよ。やるよ。やろうぜ」
 彼は赤い鼻をこすって、笑った。


「お前の隣に座るのは悪くないからな」


 その言葉を聞いた時、私の頬が彼の鼻より赤く染まったのは言うまでもない。
「私も、嫌じゃないよ、二人乗り」
 意地を張ったのは――私の方だった。
 まだまだ私達は光を飛ばす。様々な感情が込められているけれど、希望の粉をきらきらと、これからの日々に、新しく来る年に。
 その中に、私の胸に煌めいた暖かな、恋の希望も、きっとある。


(了)






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