食後はほうじ茶を一杯。ほうと誰もが嬉しげにつく息は満腹の証拠だった。何でもないお茶なのに。これもまた美味しい。誰かがが作ってくれた暖かみのある食事と言うのも初めてだったし、よく考えてみれば、美禰子とワガハイ以外の人が加わって夕食を食べるのも、魔法使いになってからは初めてだった。
 そうだった。はたと目を瞬かせる。俺が魔法使いであるように坊っちゃんもまた魔法使いになってしまった人間じゃないか。大事なことを訊き忘れていた。
「ああ、清には言ってあるぞ」
 それとなく魔法のことやストレイシープのことを尋ねると案の定けろりとして言う坊っちゃん。
「こんな狭い家の中で隠し事出来るわけないだろ」
 隠したところで不都合が出るわけでもなし、と湯呑をずずずと啜る。坊っちゃんらしい回答に俺と美禰子は顔を見合わせてふふと笑った。清さんも微笑する。
「あんな、物語のようなことが本当にあるなんて」
 長生きはするものですわと指を組む。その姿はそれこそファンタジーに胸躍らせる子供の様でなんとなしに可愛い。確かに清さんは人に言いふらしたりすることはなさそうだ。身内くらいならいいだろう。俺だって今更ガミガミ言いたいわけじゃない。
「でも学校の中で使うのは控えろよなあ。どっちが生徒で先生だかわかんないよ」
 へえへえと気のない返事をして坊っちゃんは残っていたお茶を飲み干した。空の湯呑を清さんに渡しつつ言う。
「で? 本当にお前ら何しに来たんだ?」
 どきり、とする。本当の目的は、清さんとすっかり仲良くなってしまったこの状況ではとても言い出せるものではなく、そうでなくても白状出来るものじゃない。
「最近、坊っちゃんに関する変な噂が流れるって三四郎と話してて、ストレイシープが関係してるんじゃないかなって思ったの」
 どうしたものかと内心悩んでいたら、いきなり美禰子が言うものだからさすがにぎょっとした。けど内容は恋人と同棲云々の話じゃなくて、用意した建前の方。でもむしろ助かった。変に気を遣って、まずい風に取られると困る。
「ああ、例のな。団子とかの」
 こんな風に至極軽く受け止めたようで顔色に変化は見られなかった。授業の時のことなんて本当に無かったかのようだった。
(これでいいんだ、うん)
 内心頷く。美禰子も察したようでちょっとウィンクを飛ばしていた。
「そんなこと訊きに来るなら、ちゃんと玄関から入れよな」
 そこまで思うなら、もっと不審に感じればいいのに。最初俺達を怪訝そうに見ていた清さんの方がよっぽどまともな対応だ。でも、今その通りにされてはまずい。ここは美禰子の敷いた道筋に従おう。
「いや、すみませんでした」
「大方、この家がよっぽどぼろいから、どんな奴が住んでるんだろうと思ってあんなにこそこそしていたんだろう」
 辛うじて当たらずしも遠からじと言えるかもしれない。
「ここは学校からそんなに遠くないし、家賃も高くないんだ。悪かったな」
「別に責めてないんですけど……この家、一応借家なんだ」
「坊っちゃんのお兄様の不動産ですのよ、ふふ」
 やっぱり、坊っちゃんはそれなりに金持ち出身らしい。清さんは口では微笑んでいるが、それは少し困った笑みだった。最初に言っていたように、本当はこんな家に甘んじているような人ではない。そう言いたくても言えないし、坊っちゃんもそうあろうとしない。故にそこはかとない歯がゆさを感じている、そんな笑みだ。
「ちょうどいいから、今から見回りに行くか」
 食後の軽い運動になるだろ、とその手にはいつの間にか煙草が握られている。
「そんな悪さをしてる羊は、いるとしたら学校付近だろう」
 そんなに遠くないとさっき坊っちゃんは言っていたけど、ここから学校までどのくらいだろう。飛んできたものでいまいち距離がつかめねえなあ、と思いながら立ち上がろうとした時だ。ぴこん、ぴこん、と音が聞こえる。こっちもいつの間に出したのやら、美禰子の杖のセンサーの音だった。
「噂をすれば影ってやつだな」
「う、うん」
 美禰子の返事にキレがない。どうしたんだよ、と聞く暇もなかった。緑色に発光していたランプが、慌てるように色を変えていく。音も慌てて周りを駆け回るように、間隔を狭めていく。
「なんだか、わかんないけど!」
 美禰子は半ば、叫ぶ。
「近い、よ!」
 その通りに、燃えるような赤が、彼女の愛しい存在を知らせていた。

  3
せんせいのまほう 8につづく

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