ワガハイと俺の散歩はなおも続いていく。まだ日は沈まないけれど、もうそろそろ傾きかける頃だ。
(ここってもう、町内じゃないよな)
 さすがに隣町くらいだよな。でも猫の感覚では同じテリトリーなのかな。そう思いつつ辺りをきょろきょろ見渡す。考えてみれば俺はこの辺りのことなどまるで不案内だ。越してきたばっかりなのに、こともあろうに行動範囲の広い動物である猫の散歩についていくのは軽率だったかも知れない。まあいざとなれば携帯電話で地図を呼び出せばいいか、なんて思っていると、ある神社が見えてくる。ワガハイは迷うことなくそこを目指して言った。ごくごく小さな神社で然程広くもないから、この町内だけのこじんまりとした集会所のようでもある。
 そう。集会所。
 ワガハイが辿りついた所も、まさにそうで。
「な、なんだっ?」
 神社の奥の方の光景に思わず口を突いて出た。
「ね、猫が、四、いや五、六匹?」
「いちいち数えるでない」
 だってだって、と俺は瞬きを繰り返した。それぞれ距離を適度に置いているのもいればくっついて丸くなっているのもいるけれど、黒、白、まだら、サビ柄と言った多様な猫達が一堂に会しているのを見ればさすがに注目されるってものだ。
 いわゆる、猫の集会の現場ってやつ。
(すげえ。本当にやってるんだ)
 こんなに沢山ではないけれど、猫が数匹集まっているところはよく見かける。テレビ番組でもそうだ。一般に猫の集会と言われるその奇妙な現象は、気まぐれ上等な生き物である猫の社会において重要な役割を担っている。らしい。
「先生、その人間だれー?」
「頭悪そうなやーつ」
「ドジそうなやーつ」
「にぶそうなやーつ」
「どんくさそうなやーつ」
 カチン、と来る。けどどちらかと言うと呆然としていた。まさか初対面の猫達にここまで口悪しく言われるとは。苦笑さえも浮かべられない。
「吾輩が面倒見とる小僧じゃ」
「だからっ! さっきと一言一句同じこと言うなっ! 世話してんのこっちだろっ」
 大声に驚いてか何匹かが社の縁の下に引っ込んでしまった。あああごめん、と慌てて手を振る。
「自分で言うのも何だけど、危ない奴じゃねえし、触ったりしないし」
 逃げないで、と屈んで言うとそう? と言うような顔を向けてくる猫達。出てくる様子はなかったけど、単にその場が気に入ったみたいだった。
 猫の集会に思わず投げ入れられた人間として、俺は所在無げに適当な所に座って猫達の様子を観察するしかなかった。猫達はさすがマイペース上等な動物と言うべきなのか、別に集まっているからと言って、同じことについて話しているわけではないらしい。
「最近やたら写真撮ってくるようになって」
「大人しくしろって言われても無理だよねえ。こっちにもツゴーってもんがあるし」
 飼い主や、普段世話してくれる人についての話や愚痴なんか。
「昨日三丁目の寺田さんが随分ご馳走してくれたんだぜー」
「まじでっ。今日行ってもあるかなあ。あ、そう言えば二丁目の安倍さんがさあ」
 耳寄りなご飯情報のやり取りとか。でもほとんどは丸くなっているか香箱座りをしているか毛繕いしているかぼうっとしているかで、集会の意味があるのかないのかいまいちわからない。見守っているこっちもついつい目蓋が重くなっていく。ちょっと寒気も感じてきゅっと身を縮めた。
(なんか……俺自身猫になってくみてえ)
 これで目が覚めて本当に猫になっていたらファンタジーを通り越してホラーだ。なんて思いながらいよいよ目を閉じてしまうその時だった。
「いよっ、邪魔するぜ」
 新たな猫の登場だ。ぱちん、と眠気のシャボンが弾ける。
「クロさん。久しぶり」
「ちょっと痩せた?」
 名は体を表す通り、真っ黒な猫だった。痩せたと言われているが見た印象は精悍で、喧嘩の強そうな猫だと思った。ひょっとするとこの界隈のボス猫なのかも知れない。よく見ればいくつか傷もあるようだった。案の定クロは俺をじろじろ見てくるけど、興味ないとばかりに寝そべるワガハイの方へ向かった。挨拶を交え二言三言話しているところを聞くともなしに聞いていたら、ある言葉が耳を掠める。
「先生の言ってた変な羊。それっぽいの、見かけたぜ」
「ヒツジ?」
 思わず声を上げてしまった。きょとん、と俺を見やるクロ。どこで見かけた? と気にも留めずワガハイは続きを促していた。
「二丁目と三丁目の境の、交番のあるとこだったかな。もそもそ動いてるかと思ったら、すぐぴょんって飛んでいっちまった、ノミみてえに」
 話している内に俺は二匹に近付いていった。だからさ、とクロは後ろ足で耳を掻いた。
「何してたかはよくわかんなかったけど、こっちに来るんじゃねえ? 近いうち」
 ふむ、と頷くワガハイ。その額をちょいちょい掻いてやる。何となく推測してみて、俺は微笑んだ。
「もしかして、他の猫から情報収集してくれてたの」
 ワガハイはやっぱり何も言わずに目を細めるだけだ。ぱたん、と申し訳程度に尻尾が揺れた。ふふ、と微笑みが深まる。
 隠れたところでこっそり俺達の為に動いてくれてたなんて、猫らしいのかそうでないのか。
「ありがとな、先生」
 その呼び方はやめい、と尻尾は不機嫌に揺れた。


  3 

ワガマホトップ
小説トップ

inserted by FC2 system