授業が終わり、担任の広田先生が入ってきてさっさと終業のホームルームを終わらせてしまった。掃除当番は掃除、後の者は部活なり下校なりなんなりだが、とにかく授業から解放されて嬉しそうだった。俺は廊下の掃除当番に当たっていたので、適当に箒で塵を集めていた。窓と壁の方で与次郎と友達が寄りかかりながらのんびり喋っていたので、少しは手伝って欲しい、と思いつつ、塵取りで塵芥を回収する。
「わりといいセンセだったな」
 与次郎が言った。勿論、松山先生のことだろう。平岡先生という憩いの時間を喪失したのは確かに痛いようだが、そんな評価は彼以外からでもちらほら聞こえた。
「三四郎はどんなカンジよ」
「んー。悪いってわけではなかったな」
 俺も多分に洩れずその評価を取る。見たところまだ若い先生のようだったが、なかなか良授業にカテゴライズ出来そうだ。第一印象は無防備に魔法を使って、やや常識に欠けているぼんやりしてやる気のない人、だったが、なかなか侮れない。しかし、第一印象は大事だ。
 第一印象。
 俺はその時はっと目を見開いた。
「ってこんなことしてる場合じゃなかった!」
 そうだ。先生と話をつけなければ。どんな話か、何をどうするかではないが、とにかく彼と話して魔法についての共通認識やら約束事やら何やらを作らなければ、落ち着かない。
「おい、掃除途中だぞ!」
「あとゴミ捨てだけ! よろしく!」
 与次郎に丸投げした。普段だったらゴミ捨てまできっちり終わらせるが、相手は教師だ。長い会議につかまったり、仕事で職員室以外に出られたりすると面倒だ。話が付けられなくなる。
 俺は十分焦っていた。俺以外にも、魔法が使えるFの人間がいることに。むしろそれは戸惑いであったかも知れない。
 だって先生は、当たり前のように魔法を使っていたから。
 不思議なことなのに、不思議なことなど何もないと言うように。
「松山先生!」
 職員室前まで来た時、ちょうど彼の背中が見えたので叫んだ。振り向いた彼は授業中や昼休みと変わらない、穏やかで、だけどどこか無表情に近い顔をしていた。
「あの、その、えっと」
 放課後だけあって周りは生徒も教師も多い。魔法、なんて言ったら、何事だと思って耳を傾けてきたり、何の話だと笑ったりする人がいるだろう。
「あの、あれのことなんですけど」
 その為やたら抽象的な言葉しか、出ない。
 しかし先生はわかってくれたようで、頼もしげに笑った。
「わかった。少し仕事があるから、終わるまでどっかで待っていてくれ。お前の家に行くけどいいか?」
 学校じゃ問題だろう、と問われる。その辺はわきまえているらしい。煙草は吸ってたくせに。
「はい。大丈夫です」
 まさか高校生にまでなって家庭訪問されるとは思わなかった。担任の先生ならわかるけど、昨日まで何の接点もなかった数学教師に。内心苦笑しているとああそうだ、と何の気なしに先生がこう言う。
「俺のことは「坊っちゃん」でいいぞ」
 は? と、またしても俺は間の抜けた声を出す。いや出さざるを得ない。
 そう呼べと言われたのはわかるけど、なんだそのあだ名。何故呼ばなければ? そんな無言の問いかけが通じたのか、彼は続けた。
「お前とは、長い付き合いになりそうだからな」
 それは、そうなのだろう。しかし――彼は俺の名前はまだ知らなそうだった。

 2
せんせいのまほう 4に続く

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