「さあて。おっぱじめますか、怪獣退治」
「い、一応ストレイシープだよ。見えないけど」
「美禰子は疲れてるだろ。休んでな。三四郎、焼け石に水作戦、行くぜ」
 はい? 俺は目を瞬かせる。また妙ちきりんなことを。
「期待してるぜ」
 さっき並みのぶっ放してくれよ。俺の頭をぽふんと押して坊っちゃんは怪獣へと駆けていく。彼を護るように空中に踊り出る火球は曼荼羅を模しているように見えた。
「あ、危ないって!」
 まさしく無鉄砲。いや鉄砲? 銃弾?
「俺が火だるまになるかよ! はは!」
 自らの存在を知らしめるように坊っちゃんは大きく腕を広げた。そうだそうだと言うように炎は次々にのっそり動き出した怪獣へ向かっていく。坊っちゃんと言う指揮者が操る炎の音符達。怪獣がたちまち包まれる。業火の上がる音が奏でる楽章だ。
 まるでどこかのお祭りで上がる炎でも見ているよう。時期的に、夏祭り。いや、まだ少し早いか、夏は。
 真っ赤なだるまにも見える。文字通り火だるま。
「あわわ燃えちゃう!」
 何て思ってる場合じゃない。
「消火あ!」
 ヒーロー番組でもあるまいし呪文や掛け声なんか何もない。ただ危機感に煽られて俺も激しい水のビームを大量に打ちつけた。焼け石に水ってこう言うことか。ことわざ通り大した意味もなかったらどうするんだ。
「見て! 三四郎!」
 炎は大きさのわりにすぐ消えた。当然焼け焦げた巨大な体躯が現れると思いきや、それは形をすっかり変えていた。と言うか戻っていたと言うべきか。
「羊になってら!」
 本当にストレイシープだったと言うことだ。今更なのはわかっているけれど。
「人質さえいなけりゃ楽にやれたってことだな」
 一仕事終えた、と煙草を手に坊っちゃんは戻って来るけれど全然火がつかない。俺の魔法で濡れた所為だ。シケてんなあと渋い顔でぼやく。美禰子はほっとした顔でたたたっと駆け出し、いつも通り網で羊をキャッチした。途端に光の粒になって消える。転送完了だ。
「ほれ三四郎、周り消火消火」
「あ、うん」
 俺も坊っちゃんみたいにやれないかな。水風船をいくつもぶつけるようなイメージを描いて力を込めてみると難なく出来て、ひゅっとそれぞれ鎮火に向かわせる。大して強くなった感じはしないけど、いつもよりずっと自分に定着している気もした。満ち足りた安定感がそのまま安心感になる。
「って」
 何だか満足げに一人微笑んでしまったけど。俺はすぐに眉根を寄せた。
「俺強くなったのに前とやってること全然変わってなくない?」
 坊っちゃんの魔法の後始末。あるいはサポート。おかしい。俺だって美禰子を助けたかった。助けられたはずなのに坊っちゃんに持っていかれるなんて。いやあでもなあ、とだらしなく頭を掻く坊っちゃんは、火がつかないと言うのにそれでも煙草を咥えていた。
「火と水じゃあどっちが攻撃的かって言うと、やっぱ火じゃんよ」
「くやしい」
「素直でよろしい」
 その通り素直になって思い切りストレートに、気持ちを滲ませて言ったのに坊っちゃんはにやにやするだけ。まあどう出られてもますますむかつくだけなんだけど。
 消火を終えて、改めて俺達は人質だった二人の元へ向かう。まだ気絶しているみたいだ。どうするの、と坊っちゃんを見上げながら問う。
「て言うか、何で野田先生が」
 心当たりはあるの。目で伺うけど坊っちゃんは何も語らない。
「あとそれと、この人」
 赤いシャツの男。結局未だに名前がわからない。でも、そう言えば。
「教頭……とか、野田先生、言ってたような気がするけど」
「何だ知ってるのか。そ、こっちは教頭だ」
「へえ教頭……」
 漢字を改めて思い浮かべた。教頭。教師の頭。トップ。
「きょ、きょきょ、きょうとうせんせえ?」
 ほんとに? と俺はのけ反った。教頭先生のイメージと言うと定年近い老教師のイメージしかない。少なくとも俺はそうだ。でもこの人は見た目まだ若い。坊っちゃんと同年代とは言えなくてもさすがに二回りも違わないだろう。教師がどういうシステムで出世していくかわからないけど、教頭なんてこんな若くてもなれるものなのか? 美禰子もほえーと呆れて目を瞬かせている。
「気が付くまで、俺がここで見ててやる」
 煙草がねえのが不満だけどな、と坊っちゃんは近くに腰を下ろした。焚き火が出来たらいいんだけどなと炎を一塊浮かばせる。隠す気は全くないらしい。
「でも坊っちゃん」
「ちょっと話したいこともあるしな」
 にっかり歯を見せて笑う坊っちゃんはいたずら好きな少年のようだった。だけどそんな爽やかさにそぐわないドロドロした事情があるのは散々察している。でも、と食い下がる俺に改めてにっこり、坊っちゃんは笑む。
「よい子は」
 ずい、と俺の顔にかなり近付いて。
「寝る時間、だぜ」
 有無を言わせない微笑みにうすら寒さしか感じなかったのは、俺の水の魔法の所為なんかじゃないはずだ。絶対。

 2 

ワガマホトップ
小説トップ

inserted by FC2 system