そっか、と呟いて私はしばし二人のスケッチを見つめた。
 これがきちんと台本にならなかったのは、企画段階で作者が断念したか、会議で不評を買ったか。――確かに少年と成年の姿に変幻自在な歴史上の人物、ただしほぼ子供や、そんな彼に仕え、父に成り代わる武将の娘、というのは反感を買いそうだ。


 だけど、確かに物語は生まれていたのだ。
 そして、何かの偶然で――奇跡が起きてこちらへこの二人はやってきた。
 それを思っただけで、鳥肌が立つ。感動もあるが、怖さもある。


 もしこれを、私達が古紙回収の所へ持っていってたら――。


「もし、これ、リサイクルとかされてたり、燃やされてたりしたら……」
 同じことを鳴滝君も考えていた。そっと横顔を伺うと、ひやひやした顔をしていた。私もきっと似たような顔をしている。私だったら、古い資料だと思って興味は持っても、持ち帰ろうとしなかったと思う。他の台本を回収場所にもくもくと運んでいたのがいい証拠だ。――鳴滝君は私の書いたものを持っていってくれたのに。


 そう、もしこれがなくなっていたら、私と鳴滝君が今日巡り逢うこともなかっただろう。
 奇跡は起きなかった。
 そしたら今頃私はどうしているだろう。
 後夜祭に向かう興味も演劇部の打ち上げに参加する気力も無かっただろうし、何より、最後の日があっけなく終わってしまい、私と鳴滝君の縁の儚さに涙していたと思う。


 本当に、ミツ君と志摩子さんがこちらに来て、私達と出逢ってよかった――。


「きっとさ」
 優しげに、一緒に屈んでいる鳴滝君は呟いた。
「このシナリオを書いた人がさ、音宮さんと同じように、現実に出てきてほしいって願ったんだよ」
 読んでいた紙をそっと元に戻した。
「志摩子さんとミツが、この世界に来てほしいって。
 きっと、この企画が通らなかった時に、そう思ったんじゃないかな」
 照れ臭そうに、彼は笑う。ちょっと眉尻が下がって、それがとても愛しく見えた。
「きっと、きっとそうだよ!」
 急に元気よく言うからちょっと驚いてしまう。彼は立ち上がった。


「そうだって! 十何年か前のこの人の願いと、音宮さんの願いが共鳴したんだ!
 それで、うーんと、何があったかわからねえけど、とにかく奇跡が起こったんだ、理屈じゃない奇跡が!
 物語の人物という存在が現れて、それで――それで――」


 どん、どん、と、後夜祭開催の花火でも上がっているのだろうか、遠くからそんな音が聞こえる。自分の心の音じゃないかと勘違いしてしまうくらい、私は胸が苦しかった。切なさ故にでは無い。心から体から溢れ出ようとするときめきが、圧迫していた。

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