「ど、どうした志摩子、具合でも――」
俺もそう思ったし、もしや泣いているのではとも思ったが、違った。
ふふっと、軽く「誰か」が吹きだした。
ミツでも俺でも音宮さんでもない。
それなら誰って――この誰もいない屋上で該当するのは、一人しかいない。
「ふふ、あは、あはははっ」
志摩子さんだった。
「あはは、殿ったら……ふふ、あは、あははっ……」
彼女の新鮮な笑い声が、天使のラッパのように響きわたる。彼女は目を瞑るように細めて、口に手を当てて体を震わせてただ、込み上げる笑いという喜びを声で表していた。
「……志摩子」
「! ……も、申し訳ございません!」
急いで彼女は佇まいを整えた。それもどこかぎこちなくて可笑しい。
「……その、あまり、可笑しかったので……その……」
顔を真っ赤にし、視線をあさっての方向に流しながら、しかしまだ微妙に笑っていた。そのあまりに志摩子さんらしくない様子にただ、俺達は呆然とするほかない。
「……志摩子が声を上げて笑ってるところ、初めて見たのじゃ」
嬉しくてたまらないのだろう、最初は呆けたように言うが、段々明るい表情になり、ミツは笑った。
「……お恥ずかしいところを……」
「よい、よい。思った通り、志摩子は笑ったら綺麗なのじゃ」
いや、と彼女をしばらく見つめたミツは首を振る。綺麗、とはまたわけが違うのじゃ、と勿体ぶって彼はこう言った。その視線はまっすぐで、憧れの人を見上げているみたいだ。
「ちょっと下手くそじゃが――かわいい、のだ」
ミツの言葉は、的確だった。その正確さがあまりに羨ましいので、お前のその言葉は、誰が聞いてもまっすぐ過ぎる口説き文句だぞ、と邪険に思ってしまう。
困りましたね、と未だに顔を火照らせている志摩子さんはしかし、眉を下げた。
「……こういう時、どういう顔をすればいいのか……わかりません」
恥じらい浮かべる初々しい笑顔がどうしてかひどく、夕日の中で鮮やかに映えた。
今度はミツが困ったような――それでいて全然嫌そうでない顔をしながら、
「そのままでいいんじゃよ。
そのままが、いいんじゃよ」
と、まるで志摩子さんがミツに何かを教えた時のように、言った。その表情に名前を付けるならば、幸せになるんだろうか。そう思った。
志摩子さんはそうですね、と赤らめた笑顔を深めた。