「……つくづく考えたのです。よく義父上も愚痴るように仰っていたのですが、
 あなたは正義感が強すぎるし、視野が狭すぎますし、頑固ですし、その所為で孤立していきましたし、
 ですがなまじ賢いだけに言うことに筋が通っていて、やたら自信家で……
 正直、駄目な点しか浮かんでこないのですよ」


 まさかいきなりそんなことを言われるとは思っていなかったんだろう、みい、とミツ君は眉を下げ情けなく呟いた。
「……駄目な点しか浮かばないなら、尚更……!」
 再びミツ君はみ、と驚きの声を上げた。志摩子さんがそのふさふさした髪を撫でたのだ。慈しむようにするそれは尊い何かに対するもので、私の目にはひどく神聖に見えた。ミツ君は少しくすぐったそうにしながらも、再び黙り込む。
「忘れていました。私はもう、鳴滝殿にすっかり打ち明けていたんです」
「え?」
 隣の鳴滝君は、私と一緒で二人の動向を見守っていただけなので、突然自分があてられ素っ頓狂な声を上げた。そんな彼の声をあまり聞かない私はどきどきしながらも、志摩子さんの言葉に何のことだろう? と首を傾げる。


「私は――あなたのことを、どうしても憎めない。放って、おけないんですよ」


 いつのまにか彼女の微笑みは、一層深くなっていた。……落ちていく太陽の、最後に残す強い光が段々と、薄暮の空に広がっていくように。
「今抱いているこの気持ちが、母性愛なのか、恋情なのか、単なる愛情か、あるいは同情や憐れみなのか、私にはよくわかりませんがね。
 まったく、こういう観念的なことはあなたの方がよほど解るでしょうに。


 理屈では、ないんですよ」


 志摩子、とミツ君はすっかり呆けてしまう。だらりと彼女を掴んでいた手が下りた。
「……志摩子、しかし……」
 弱弱しいけれど、それでも食い下がろうとするミツ君に、志摩子さんが牽制した。あなたが、と強く言う。


「あなたがいるから、私は今日一日、楽しかったんですよ。
 例えばこれが義父上や大谷殿でしたら、私はきっとずっと、堅い顔でしたよ?」


 ね、と言うように彼女は微笑んで首を傾げる。しばらく黙った後、拗ねたようにミツ君は嘘じゃあ、とぼやくが、微笑みを絶やさず志摩子さんはやんわり首を振る。
「志摩子の言うことが信じられませんか? ……殿は、志摩子のことが嫌いだからここに残れと、そう仰いますか?」
「な! なんでそうなるのじゃ! 話を聞いていなかったのかお前は! 嫌いだなんてそんなことあるわけなかろうが! 志摩子がいないなんて、そんなの、そんなの……」
「ほら、本音が出た」
 からかうように志摩子さんは口の端を少しだけ上げた。


「あなたは志摩子に、ここに残れと仰いましたが……。
 あなたのいない世界なんて、たとえどんなに住みよくて、戦が無くて、素晴らしいところでも、
 きっと死ぬ程、退屈です。
 ……そうそう、鳴滝殿とあなたを探している時も、不届き者と闘っている時も、本当はとても退屈だったんですよ」
 ちょっとばつが悪そうに眉を下げて彼女は言う。そうだったんだ、と頭を掻く鳴滝君は少し残念そうで、私は思わず苦笑してしまった。


「退屈で死ぬくらいなら、合戦場で死にます」


 ミツ君と志摩子さん――二人はもう一度、きちんと向き合う。今度は彼女が彼を射竦めるように、しっかり視線を彼に注いだ。だけどその強い、まっすぐ芯の通った視線とは裏腹に、殿、と優しく彼女は言う。

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