私と鳴滝君は、もしかしたら二人は別の校舎へ行ったのかもしれないと、小等部や中等部の方まで探しに行ったが、やはり見つからなかった。走りながら、教室を見まわしながら、私の中にはどんどん、不安が増していった。少しでも背の高い女の人や小さな男の子を見かけると彼と彼女だと思い、違うと知って愕然と肩を落とした。
 私は、鳴滝君と初めて出逢ったあの日、物語の人物がこの世界に現れれば面白いだろう、と彼に語った。夢物語の、また夢物語に過ぎない。だけどミツ君と志摩子さんは、その夢に頼らなければおかしい存在だ。つまり私の夢は実現したことになる。だけど私は――その人物が死んでほしい、悲劇を辿って欲しいなんて、ちっとも思っていなかった。
 だから不安が募る一方で私は、全て嘘だと思いたかった。夢だと思いたかった。全て巧妙に仕組まれた、誰かを巻き込む形で成立する、一つの演劇だと思いたかった。それで私達と同じ空の下、今日という日の向こう側までずっと関係が続くのだ――そう願った。


 それは――もしかしたら、私が抱く鳴滝君への願いに似ているのかもしれない。
 今日という日が終わっても、今日みたいに二人で、ずっとずっと。
 こんな状況の中で、頭の片隅で、いいや、心の中心でそんなことを考えている私は、やっぱりどうかしている。志摩子さんとミツ君に対して、ひどく罪深くなった。


 私達は高等部の校舎へ結局引き返した。もう見つからないのかもしれないとは言わなかった。けれど、もしそうだとして、何も言わずにこのまま二人と離れ離れになってしまったら、私も鳴滝君も、夢見が悪い。だから私達はまた闇雲に探し回ろうとしたその時だ。
「よお、ナルヒコじゃん?」
「笹興?」
 私達が振り返ると、制服をだらしなく着崩しているが、総務委員のカードを下げている男の子が手を振っていた。スキップでもするような足取りでこちらへやってくる。
「何やってんの?」
「あー、悪い、俺達急いで……。あ、そうだ!」
 笹興、という彼に鳴滝君は志摩子さんとミツ君のことを訊いた。笹興君は志摩子さんの名前を聞いてにやにや笑ったが二人のことは見かけてない、残念だったなと手を横に振った。その時、彼の携帯電話の着信音がやかましく鳴った。
「……これ、ナルヒコが探してる人達じゃね?」
と彼は鳴滝君にメールの文面を見せた。私もお邪魔する。確かに、「使用時間の終わった屋上に向かう不審な人物(身長の高い女性が男の子を背負っている)あり。注意をしにいくように。屋上付近だから、笹興にまかせた」とあって、志摩子さんとミツだ、と鳴滝君の顔が明るくなった。
「……笹興、お前の今の配置って屋上付近じゃねえの?」
「サボりでーす」
 手を広げて笑う笹興君に堂々と言うなよな、と鳴滝君は呆れて頭を掻いた。今は後夜祭準備に忙しいし、もうどこも店じまいだからいいだろうよ、と笹興君はさほど気にしないように返す。……ちなみに鳴滝君は初日、二日目の作業に多く携わっていたので、今日一日は最初の受付以外ほとんど自由の日、だったそうだ。
「ところで、あの人だよなあ。ほら、不良同好会をのしちまった、あの身長高い……」
 そこで笹興君はにやりと笑い、うりうりと鳴滝君を肘で小突いた。鳴滝君はぼっと顔を赤くした。それだけで何となくわかってしまうものだ。志摩子さんとの関係について何か邪推されている。
「違う、違うって!」
「いやあ、お熱いですねえ」
 笹興君も志摩子さんのことを知っている。やっぱりあんなに素敵な女性は、誰だって好感を持っちゃうし、男の子だったら絶対憧れだろうなあ……女子の私でさえ格好いいと思っているんだし、と小さくなっていたら私の左手が急に暖かくなった。人肌が、触れている。
 鳴滝君の右手だった。

  

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