「うんちくはどうでもいいよ」
『ぶー。なんだよなんだよ。にしても、何でよりによってお前が左近の名前なんて知ってんだか』
「……島、左近――三成――ミツ――石田三成?」
 何か糸口が掴めそうで、俺は喰らいつく。
『あ、お前聴けなかったもんな講談。面白かったぜえ。ていうか石田三成知らないってお前日本人失格だよホント。
 まあしょうがねえけどなー、別に覚えなくてもテストで点は取れるし』
「だー、急いでんだよ、うっせえな」
『関ヶ原で勝った方は誰だ? これわかんなかったらマジおめえ日本人じゃねえよ』
「? 徳川家康だろ?」
『なら自ずと俺の言いたいことわかるだろ? 豊臣の世を守ろうとして、家康に立ち向かったへいくゎいもの――』


 三成は負けた方だよ、と小池田はけろりと言い、それじゃあと電話を切った。


 ツーツーという電子音をぼんやり聞く。俺の中で、何かが繋がった。それはようやくチューニングの合ったラジオのようで、沢山のピースを使ったパズルのようで、固く固くがんじがらめに結ばれていた糸をようやく一本に戻せたようで――ひどく視界がクリアになる。
(じゃあ……もしかして)
 ミツはその石田三成、ということか。
 どういう性格の人物かはわからないけれど、左近という家臣の存在、家康やタヌキ――家康がよくタヌキと称されるのは知っている――に過剰反応していて、何か大変なことをやらかしている。その大変なことは……天下分け目の戦いである関ヶ原の戦いのこと? だから関ヶ原の講談の前――あんな酷い顔を浮かべていたのか。
 音宮さんにそれを伝えると、彼女はこくこく頷いた。
「そう考えると、しっくりきますね」
 ……だけど、やっぱりわからないです、と頷いたそばからふるふる頭を振る。三つ編みが不安げに揺れた。
「なんであんな制服を着ていて、ミツ君は小さいんですか?
 左近という人が関ヶ原の前に死んだのかどうかはわかりませんけど、志摩子さんという娘は、本当にいたんでしょうか?」
「ううん……そういわれると……」
「まるで、誰かが創作した何かから、出てきたみたい……」
 彼女が、こんなことがあればいいなと願ったこと。あらゆる不可解な点に納得するにはそう考えるのが一番いい気がする。
「……あ……こんなことしている場合じゃ、ないんです、よね、そうですよね!」
 音宮さんはその考えをしかし振り払うように言う。語気が強めで、驚いた。
「え? 音宮さんどうしたの?」
「その、ミツ君達が帰るってことは……元の世界に戻って、関ヶ原に行くってことは……」
 息をのんで彼女は言った。


「ミツ君、死んじゃうんですよ!
 負けて、負けてしまうから!」


 目を見開く。そう、俺は忘れていた。
 勝者がいるなら、敗者もいるのだ。受験や勉強に必要なのは、戦場に広がるドラマではなく、勝者と、その戦いの後の事務的処理の情報である。――だから俺は、徳川家康や江戸幕府のことを知っていても、関ヶ原で負けた方のことを何一つ、これっぽっちも知らなかった。これは多くの人がそうなのだろう、音宮さんだってそうだった。
 志摩子さんとミツが、浮かべていた顔を思い出す。
 ミツが俺に、「愛する人との時間は大切にしろ」と、「いつ最期の時が来るか知れない」と大人ぶって言ったことを思い出す。実際俺より大人らしいが――その時も浮かべていた。
 あれは死相というのか?
 今にも死ににいくような顔。
 彼と彼女は、終わりを――自分達の最期を知っているのかもしれない――。
 そう思ったのは音宮さんも同じで、気付いたら二人で、まだ回っていない方へ走り出していた。

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