俺達はただ走った。志摩子さんは目立つからすぐ見つけられると思ったのだが、曲がる角が悪いのか、ことごとく逆方向に出てしまうのか、全くそれらしき人影を見つけることは無かった。
「もう……「元の世界」に、帰っちゃったんでしょうか?」
「……「元の世界」か。「向こうの世界」とか、「あっちの世界」とか」
 彼と彼女が残した不可解な世界認識は、単純に言うと彼らが、この世界の存在ではない、ということを示している。そんな馬鹿な、と思うけど、音宮さんも俺もそういう非現実なことをかつて願っていた。だから、受け入れるのはそれほど苦ではない。
「志摩子さんもミツ君も、一体何者なんでしょうか」
 見つからない焦りを紛らわす為か、後回しにしておいた――というよりも気にしないでおいた問題を音宮さんは何となく呟いた。二人が突然逃げ出したりしたのは多分、二人の正体を明かすことに何か関係していないとおかしいし、俺達の体に巣食う焦りは飢えを満たすようにその情報を欲している。――二人を探しながら、俺達は互いの情報を合わせてみた。


 まずは志摩子さん。彼女には血の繋がらない左近という名の父親がいて、もともとはこの左近という父親がミツに仕えていた。彼が死に、育ててくれた恩に報いる為と、ミツを放ってはおけないという理由から、女性の身でありながら志摩子さんは地位と名を継いで、ミツに仕えるようになった。左近志摩子と彼女は名乗ったが、別に苗字がある、と思う。彼女の戦いぶりは父に負けず劣らず、巴御前の再来と謳われていて、その強さは俺以外に大勢の保証人がいる。


 続いて、ミツ。不必要に名を名乗らないようにしたい、ということで、ミツと称した。どうも子供扱いしてからかう時にそう呼ばれるらしく、本名は別にある。志摩子さんの仕える殿様、ということだが、どうも小さい姿から「元の姿」に戻れるらしい。タヌキに異常に反応し、家康の名前が出た時、嫌な顔をしていた。逆に秀吉にはすこぶる好意的だった。そして射的場にいた時、志摩子さんが奴の性格と振る舞いを諫めていたが、ミツの性格の所為で何か大変なことを引き起こした、という主旨のことを言っていた。


 二人はこちらの食べ物や通貨を知らない。常識はずれな所が多々ある。だけど鎧をやすやすと身に付けられたり、お茶を立てられたり、どこにも茶室があると言えたりする。
「さっきはタイムスリップしてきたみたいだって、いぶきちゃんは言っていたけど、だけど、それだったら何で制服を着ているんでしょう?」
「うん……」
 ミツの言葉は時代がかっているから、二人がタイムスリップして来たというなら二人とも時代に合った着物を着ていた方がしっくりくる。しかし尾西の見立てによると、二人の制服は清山の昔の制服らしい。二人のいた時代は大体戦国時代か江戸時代かと推定できるが、そうするとどうしても時代は合わない。二人がこちらにきて、どこかで昔の制服を見つけて着てみた、というのは無理がある。
 そもそも昔女性の武将はいたのだろうか? ミツみたいに小さな殿様もいたにはいただろうけど、信憑性がない。
 ぶるぶる、とポケットに突っ込んであった携帯電話が振動した。サブディスプレイに浮かぶ名前は小池田だ。心配してかけてくれたのだろう。
「! そうだ、小池田に聞けば何かわかるかも」
「? どうしてですか?」
「こいつ、歴史に詳しいみたいだからさ」
 俺には歴史はさっぱりだし、音宮さんも日本史を選択していない。日本史好きの上、講談をやっているあいつだ。何かヒントが得られるはず。
『おーナルヒコ大丈夫か? お姉さんとミツって奴は見つかったのか?』
「小池田! ちょっと質問してもいいか?」
 なんだよ、変な声出して、と奴に珍しく言葉に詰まった。自分ではよくわからないが、相当切羽詰まった声になっているらしい。
「あのさ、左近志摩子っていう、歴史上の人物いないか? もしくはミツ――」
『んあー? さっきのお姉さんの名前かそれ?
 さすがにんな人いねえけどよ、あー……島左近に似てんなあ、名前』
「島左近……?」
『石田三成の家臣だよ。歴オタ以外にはマイナーな存在だけどかっこいいんだぜ。
「治部少に過ぎたるものがふたつあり 島の左近に佐和山の城」ってな。
 三成は自分の俸禄四万石の半分も出して左近を召抱えたっていう、有名な主従だぜ』

 2 

とのいトップ
小説トップ

inserted by FC2 system