「石田三成って?」
「お前しらねーのかよ、っとに非国民だな」
「うっせ」
「あ、でも私も、詳しくは知らないです……。日本史、中学でやったきりだから」
そうかそうか、そういう人もいるよなあと小池田は態度を面白いくらい豹変させる。ここまであからさまだといっそ清々しくてその図太さに拍手したくなる。
「詳しく解説しなくても次のプログラム聞きゃあわかりますよん。さーそろそろ準備が整うんじゃねえかな」
「次のプログラムって?」
ばっか、三成って言ったら――とくるりと回転して、言う。
「関ヶ原の戦いだよ」
三味線を弾く人が舞台へ出ようとする。ぞろぞろとお手洗いや用事を済ませて帰ってきた人、今から聴く人が席を埋めていく。
「関ヶ原――」
「関ヶ原の――」
志摩子さんとミツの呟く声は、その喧噪の所為で、俺と音宮さんにしか伝わらなかった。やけに生気の失せた声だった。
二人は、手を繋いだ。そして背を向ける。席に行くものだと思っていた。俺も楽屋にいてもつまんねえから一緒に出る、と小池田はやけに明るく言った。多分こいつは志摩子さんの隣狙いなのだ、まったくほんとにこいつは……と呆れただけだった。だから二人がどういう行動に出るかなんて全く考えなかったし、三成という人名もすっかり忘れてしまった。
軽快な三味線の音、ようやく開く幕。ぱちぱちと、雨のように響く拍手、張り扇の音が二回。
ふと見えた二人の顔が、胸に熱く残る。焼き鏝を押さえつけられたように。
二人揃って、今にも死ににいくような悲愴な顔を、浮かべている。
「えーこれからお話しいたしますは、誰もがご存知、家康率いる東軍と、三成率いる西軍がぶつかり合った天下分け目の戦い!」
ばんばん、と音が会場に響く。
「志摩子……」
ミツの声が、その音の中にするりと入り込む。二人は立ち止って動かなかった。
「霧立ち込める関ヶ原で、今まさに、始まろうとしてっ、おりましたあ!」
ばん、ばんばん。
「わし達のことじゃな――」
「ええ、そうですね」
張り扇は思い切り鳴っていた。会場は一気に四百年前に飛ばされつつあった。なのに二人は立ち止ったままで、俺も音宮さんも小池田もそれを異様に感じた。異様に感じたのは、その会話ももちろん含まれている。
ミツ達のこと?
「あの、志摩子さん……?」
「ミツ君……?」
二人は俺達の声が、聞こえていないかのようだった。