「すっごく、すっごく面白かったのじゃ!」
 楽屋に着くなりミツは小池田に飛びついた。何だこの小さい奴、と言いながらもコーラを飲んでほろ酔いの講談師様は素直過ぎる感想にご機嫌のようだった。
 次の講談師の準備が整っていないとかで、少し休憩時間となった。机には差し入れの炭酸飲料水や手作りのお菓子、芸能人が貰うような花が所狭しと置いてある。たかが高校生の部活なのに、と思う人もいるだろうが、正直、小池田の講談は部活というレベルで切り捨てるには惜しい! と感じた。まあ素人の意見だから過大評価かもしれないけれど、それでもミツがいきなり抱きつく程のものだったと言える。
 ……しかしそれにしてもミツの興奮は今日一番ではないだろうか? あんなに盛んに耳髪が動いて目は泣いた後のようにきらきらしている。今ならどんな悪口を言ってもあいつの耳では褒め言葉に変換されてしまうのではないか。
「こらこら殿。あんまりべったりですと小池田殿がお困りでしょう?」
「しかし志摩子、秀吉様がかっこよすぎたのだ! 是非とも小池田を召抱えたいのじゃ!」
「小さいのに秀吉が好きかあ、そうかあ。お前なかなか見る目あるな!」
 秀吉ものの講談だったからか、と納得するが、それにしちゃ異常だ。
「ミツ君てば元気ですね」
「ほんっとに……もう文化祭も終わり近いっていうのに」
 そう言いながら何気なく腕時計を見た。もうすぐ五時を回る。突然去来したのは、迷いだった。――後夜祭、古臭い伝統だけど、大きな焚き火を囲んでフォークダンスを踊るイベントがある。それに誘うのが狙い目だろうか。そこで想いを打ち明けようか。
 その迷いのすき間を縫って、様々な思いが逡巡した。想いを伝えても、上手くいくかどうか。これから俺達には受験があって、志望校によっては暢気にお付き合いしている場合じゃないだろう。南堂辺りが言いそうなセリフだ。音宮さんはその外見に相応しく真面目で、それでなくても男子が苦手そうな感じだ。――断られたら。断らないと思っている辺り、俺の物事を甘く見ている性格が出ている。
(だけど、このままでいいのか)
 時計の表面を撫でながら心中で呟いた。俺はそこではっきり、怖いと感じた。今日という日が終わることが。時が進むことが。二人の未来が決まることが。
 だからずっと、続けばいいと思うのだ。


 今日という日が何度も何度も――長い長い一日になることを願うのだ。


「当然じゃ。わしは秀吉様――上様の家来の中で一番上様を想うておる!」
「へえ、そりゃ殊勝なこった」
 小池田は愉快に張り扇をペン回ししていた。器用だ。ミツの話は冗談だと思って聞き流している。
「なんてったって、わしは秀吉様の小姓の中で一番賢く、一番お傍にお仕えしておったからな。あの見事な治世はわしと上様あってのものじゃ」
「ははは、なんだそれ? 前世でか? 現世でか? お前そりゃ、妄想激しすぎるんじゃねえのか?」
「無礼な、妄想ではないぞ!」
 誇りにふんぞり返っていたミツは気色ばんだ。小池田が取り合わないのが癪に障ったのだ。
「おミツ様!」
 複雑な顔をして聞いていた志摩子さんがそんな奴を窘めたけれど、彼女はあっと口元を覆った。顔色がみるみる悪くなる。気分が悪いのだろうか。
「ミツ……? お前の名前、ミツっていうのか?」
 ミツは彼女の様子を見、小池田の問いを訊いて耳髪をしゅんと落とした。彼のふくよかで赤みを帯びていた頬からさあっと血の気が引いていく。
「ははは、石田三成みたいな名前だし、妄想が過ぎるのもしゃあねえのかもな!」
 ばんばん、とミツを褒めるようにちゃかすように小池田は張り扇を打った。

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