遅い! と案の定、楽屋で小池田に責められた。ばんばん、とあの日に持っていた扇を叩き鳴らしてまで怒りを表現しているのだから手に負えない。そんなに構ってほしい奴だっただろうか。
「まったく、次の出番が俺だったからよかったものを! お前これ逃してたら俺ほんと泣くぜ? 超泣くぜ?」
「ま、こっちにもいろいろあったんだよ」
 いろいろ、ね、と、会場の座席にいる音宮さんと志摩子さんを見てにやりと笑う小池田。両手に花ですなあ、と扇を口に当ててまるで悪だくみの計画を持ちかけるかのように俺に言い寄ってくるのにはむず痒くなった。
「だ、俺は、その……」
「ふふん。よかったなあ、音宮さんとデート。俺が手え回す必要もないほど進展してたのですなあ、にひひ」
「そういうわけじゃ、本当は無いんだけど……」
 ミツと志摩子さんのお蔭によるところが多い。しかし、お蔭なのだろうか? 二人は音宮さんと一緒にいたかった俺の為に、意図的に何かをしたということはないのだ。偶然に偶然が重なっただけで、あらためて考えてみれば奇跡に近い。俺が今日一緒に音宮さんといられたことは本当はすごいことなんだと、胸がいっぱいになってため息をついた。幸せなため息。
「ところで隣のでけえ姉ちゃんいいなあ。紹介してくれよ」
「お前はほんっとそればっかりだな……ていうか会長なのに知らないのかよ、昼間の事件」
 と、かいつまんで志摩子さんの武勇伝を話した。
「うっわ、何それすっげえ! はああ、でかくて美人で強くて……是非一度お茶にでも誘いたい」
 うふふと何やら夢見ているが、出番が近いという現実を逃れているのか、それとも素なのか。多分後者なので俺は呆れた。他にも小池田が言う、一度お付き合いしたいという女性を俺は何人も知っている。女の先生も入っていたし、中等部の子の名前もあったし、こいつの守備範囲の広さと深さは実にどうしようもない。ある意味こいつも尾西と同じ変態なのかもしれない。こいつに俺の純粋さを少しくらい分けてやれればいいが、それも変な気持ちになるから出来なくて良かった。



 客席に戻りしばらくすると奴の講談が始まった。講談って何だと思ったが、ご丁寧にパンフレットの方に説明書きがある。小池田が持っていた扇――張り扇で釈台という机を叩き、緩急のリズムを使い分けながらリズミカルに、まるで見てきたかのように歴史や珍事件を語る、というものらしい。張り扇は大事な道具らしく、それを玩具のように使っている小池田は罰当たりな感じもする。
「これからお話いたしますは、日本のあちこちに群雄ひしめく戦国時代のお話です!」
 生徒会の会長というポストが人を集めるのであろうか、周りに人は多く、視線は皆壇上の小池田に集中した。声の張りがいつもと桁違いだ。マイクもないのにあれだけ声が出せるとは、驚いた。
「戦国時代の三英傑。ご存知の通り織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康でございます」
 み、とミツは小さく唸る。直前まで、まだ話も盛り上がっていない時点から興奮で目を輝かせていたのに、家康の名前が出ると急に渋顔を作った。しかし、それはほんの一瞬。
「この内、皆様に人気の高いのは何といっても、足軽の身分から戦国の世を駆け抜け、人臣の位を極めた太閤・豊臣秀吉! 本日はその栄光の軌跡を、主君・織田信長が望半ばで打ち破れた本能寺の変からお話しすると、致しましょう!」
 秀吉様じゃ、とミツが嫌な顔を捨て嬉しそうに何か志摩子さんに呟いているが、それはばんばん、と張り扇によるカットインが入って聞き取りにくかった。それからすぐに小池田の語り出す戦国の話に集中して、そのことも渋面のことも忘れてしまう。それだけ迫力と臨場感があって、時に面白かった。俺達は瞬く間に「講談師、見てきたような嘘をつき」の世界に巻き込まれてしまったのだった。

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