せっかく来たんだから、と関根さんは俺と音宮さんをひっぱって衣装がずらりと並ぶスペースへ連れ込んだ。そこにはずらっと、教科書でしかお目にかかれないような絢爛なドレスやら燕尾服やら着物やらが陳列されている。誰が着るのかわからない着ぐるみなんかも置いてあって、今も多くの人が自分を着飾るものを物色していた。
「よし、じゃあ美佐ちゃんは大正時代の女学生っていう設定で! はいこっちー」
「え? え?」
「尾西! あんたは鳴滝君にしっかりバンカラな格好させるのよ!」
 了解、と俺はさんざん変人っぷりを披露させた尾西に連れられあっという間に着替えさせられた。着せられたのは古びた学帽と風塵の中を切って歩いたようなぼろぼろの学ラン、その他それらに合う小物で、なるほど関根さんの言う通りあっという間に大正時代の学生っぽくなってしまった。
「やっぱ男子の制服は学ランに限るぜ……」
 着つけた尾西は満足げに俺を見ている。本当に制服が好きなのだろう、マニアという面からではなく研究という崇高な面から……いや、逆かも知れないが。
「わ……鳴滝君、かっこいい……」
 振り返るとそこには、卒業式で女子大学生達が纏うような袴着に身を包んだ音宮さんが頬を、その着物の色とよく合う桃色に染めて俺を見ていた。髪型は変わっていないが、その衣装に相応しい可憐さと言ったら、並んで歩きたい、手を繋ぎたいと欲が暴走して冷静な顔を保つのが難しいことこの上ない。
「じゃあ写真撮るよー」
 記念の一枚をぱしゃりと収めた。変な顔になってないだろうかと心配だったが、いい思い出が出来た。願わくば隣の彼女にもそう思ってもらいたい――。
「志摩子、具足があるぞ」
 俺達を待ちながら、衣装のコーナーを行ったり来たりしていたミツがいいものを発見したと言わんばかりに志摩子さんに飛びついた。具足? とミツの来た方を見ると三つほどでん、と並んでいる。子供の日――丹後の節句に飾るような鎧兜だ。誰も身につけていないはずなのに、それらは何故か今にも動き出しそうで、なんだかそら恐ろしい。
「いい機会じゃし、着てみるのじゃ」
「しかし、展示品ではないのですか」
「いやいや、そんなふりして実はこれも着衣オッケーなんです。結構人気なんですよこれ。志摩子さん体格いいから似合いますよ!」
 もう是非是非! と尾西と一緒に関根さんは騒ぐ。気が付くと周りは、今までと同様にあの騒動で志摩子さんの姿を知った人がちらほら足を止めてこちらを見ているのであった。男をも凌駕する力強さを美の内に秘める彼女が何を着るか、楽しみ、と言ったところだ。無理に断ることもないだろうと思ったのか、志摩子さんは着る準備に入る。
 数分後、武装した彼女は大方の予想通りおお、という歓声に迎えられた。
「すごいですよ、指示なしでスイスイ着ちゃうんですから」
「何か、剣道とかやってたんですかあ?」
 と、着つけ係の女の子達――おそらく歴史研究会の子達だろう――は熱っぽい視線を飛ばしながら志摩子さんを取り囲む。彼女はええと曖昧に返事をする。志摩子さんは兜をつけておらず、竹刀袋と一緒に持っていたが、それでも十分、合戦場に咲いた華と謳われること間違いなし、というくらい彼女にしっくり似合っていた。
 一気に撮影会の流れになってしまい、それに興奮してかミツはいつも以上に志摩子さんを褒めたたえた。
「すごいぞ志摩子、みんなみんなおぬしを「しゃしん」に入れておるぞ! ほんに、志摩子は甲冑姿でも映えるよきおなごなのじゃ」
「ふふ、殿も着てみてはいかがですか」
「みー、わしは文官じゃから似合わんよ」
「その前に、お小さいですものね。年の割に」
「う……お前がでかすぎるのじゃ! まったく、最初はわしの方が高かったのに、どんどん伸びおって」
「いやあ、こんなに素敵な女武士、テレビでもなかなかお目にかけらんねえですよ」
 しゃしゃり出てくるはやはり尾西だ。
「そのまま戦国時代にタイムスリップしても全然やってけますって」
 カメラのフラッシュを絶やすことなく彼は言った。その一瞬、志摩子さんの顔が陰った。伝染するようにミツの能天気な笑顔もかき消えた。それらを気に留めたかったのだが……俺はとある用事――いや、とてつもなく大事な約束を思い出した。尾西が使った、「戦国時代」という単語で。
「あああ! いっけねえ!」
「なな、鳴滝君……? どうしたの」
「小池田! 生徒会長の! 俺、あいつと友達なんだけど、あいつの出るイベントのこと、今まですっかり忘れてた!」
 来年の大河は戦国時代だぜー、とコーラで酔っぱらった顔をうきうきしたものに変えていたあいつを思い出す。かっこいい講談を聞かせてやるよ、と言っていた。急いでパンフレットを捲る。時間は始まって十数分立っていたが、場所は近い。あいつを怒らせたら色々とうるさいし、何より、友情が無くなるのは嫌だ。一年から三年同じクラスで、生徒会と総務の間で苦楽を共にした長い付き合いからか、そう思える程に、あいつは俺のよき友人になってしまった。
 急いで着替えてイベントの会場に向かった。その時にはミツと志摩子さんの表情に明るさが戻っており、ミツは次の行き先にただわくわくしていた。ああ見えたのは見間違えか何かだろう、そう思えた。


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