「デートか?」
「ぶへえっ!」
「ひゃっ!」
 静かな和を演出する教室に響いたのはそんなわけで鹿威しではなく俺の滑稽な驚声と音宮さんのしゃっくり声だった。二人とも赤くなって何も言えずにいるのに、いつも以上に空気の読めない南堂は再び「デートか?」と繰り返した。
「で、あ、あの、俺達は!」
「あ、その、一緒にいる人が二人いて!」
「ふむ、じゃあダブルデートか」
 意地悪なくらいに南堂は冷静だった。
「でえと、とは何じゃろな、志摩子」
「南蛮の言葉でしょうか」
 運がいいのか悪いのか、志摩子さんとミツが俺達のもとに来てしまったため、男女カップル二組が自然に成立してしまう。ほらやっぱりそうじゃないかと言わんばかりに南堂は俺を見てくるが、俺はその理知的な瞳に明らかな愉快犯の面影を見てしまうのだった。
 そりゃあ、俺は音宮さんのことは好きで、付き合いたいと思っているが、こういう形の迷惑を招きたくはない。もしかしたら、音宮さんにだって、誰か気になる人が――。
 気になる人が。
 初めて、ここにきて初めて、彼女にはそういう人はいないのだろうか? と、疑問に思ってしまった。……それを思えば恋の成長は止まる。
「でえと、言うたら日付のことでっしゃろ」
 場を和ませる為かひょっこり原霞さんが現れただただ微笑み続けた。「日付のことなのかー」と無知なミツは何度も頷いていた。そしてお茶会やっとるんでおこしやす、と南堂に一礼し、ひょこひょことした動きで畳が敷かれたスペースへ帰っていった。
 胸がにわかに、かき乱された。具体的な問題もまだ掴めない程に。その原因となった演劇部の堅物部長は音宮さんに声かける。そして彼はこう言った。
「よかったな」
「……え? 南堂く……?」
「何にせよ、「最後の日」だ。もう後はないぞ。祭は終わる。
 ……せいぜい、悔いの残らないように、しっかり楽しめよ」
 くるりと背を向ける。すたすたという、無駄のない彼の足音が妙に耳に残る。南堂は振り返らなかった。しかし、音宮、と背中で呼びかける。たった一言だけ、残した。
「――何でもない」
 それが今日聞いた南堂の最後の言葉だった。
 言葉の響きが、やけに掠れて小さい。なのにそれは耳にこびりついて離れず、四小節程度の良く出来た旋律のようだった。俺や、ひょっとすると音宮さんに訴えてくる何か。少なくとも俺はそう感じた。音宮さんと顔を合わせ、もう一度彼の行く背中を見た。


 音宮さんが彼の背中に何を見、感じたか知らないが、俺は、南堂も音宮さんのことが好きだったんじゃないかとほとんど直感で思った。演劇部で対立する者同士だけど、彼女の台本にはあいつが絶対に描けないすべてが詰まっている、と言っても過言では無かった。あいつだって、幻想全てを否定していたわけじゃない。そういう劇も勿論ありだと言っていた。ただ二人は信仰する流派が違うだけで、南堂は真面目過ぎただけだ。彼女に惹かれないことは、なかったのではないか。
 俺がこうやって好きでいるのだから。


 そう思うと、俺は南堂の想い人を何にも考えず横から奪っていったようで、少し居心地が悪かった。だけど、恋というものはえてして、そんなものなのかもしれない。
 それはともかくとして、南堂は余命宣告するように「最後の日」と強調した。俺はさっき、今日という日がずっとずっと続けばいい、そんな誰もが願う夢想をぬくぬくと抱いていたが、そういうわけにはいかない。今日がずっと続けば、俺達はずっと、明確な関係名で結ばれない、ずっとこのままなのだ。……つまり、後には続かない。
 今はだいぶ打ち解けてきたし、想いを伝える段階に入り込むことは結構簡単そうなのだが――だけど、想いを伝えて、成功するとは限らない。
 俺は知らず、臆病になっていた。
「最後の、日……」
 そんな折、志摩子さんは何か重いものを持たされたように呟いた。それが聞こえたのか、手を繋いでいるミツは手品の時に見せたあの顔に似た、やけに悲壮な顔を一瞬だけ浮かべた。視界の端のそれは、やけに印象深く目蓋の裏に残った。


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